世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4064
世界経済評論IMPACT No.4064

EUのEV化規制に反旗を翻したドイツ:独首相,2035年エンジン新車販売禁止に反対

田中友義

(駿河台大学 名誉教授)

2025.11.03

 内憂(電気自動車(EV)販売不振)・外患(中国EVの攻勢)で苦境に立つ欧州自動車メーカーが今,欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会の脱炭素化,とりわけ厳しいEV規制(EV化シフト)に対応できず,生産調整や人員削減などの厳しいリストラに追い込まれている。英フィナンシャルタイムズは,「欧州の企業経営者は脱炭素化が欧州にとってどれほど高くつくか,欧州の政策立案者(欧州委員会・欧州議会・EU理事会)はその現実に全く気付いていないことを懸念している」と報じた。

 また,欧州中央銀行(ECB)前総裁のマリオ・ドラギ氏が2024年9月に公表した「ドラギラレポート(欧州の競争力の未来)」も欧州自動車産業の競争力低下に危機感を示した。欧州の統一的な産業政策のない脱炭素化は,企業に過剰な負担を強いていると警告,公的な補助金などの支援策が必要だと提言した。

 欧州自動車産業のEU域内総生産(GDP)は,約1兆ユーロで域内の研究開発投資の3分の1を占める基幹産業である。欧州自動車産業の経済的重要性を考える場合,欧州委員会などEU規制当局の性急かつ,野心的な脱炭素化・EV化シフトよりも,当該産業の現実を見据えたイノベーション(技術革新)や産業基盤強化といった中長期的な対策に重きを置く方針転換を図るべきだという声が一段と高まっている。

 にもかかわらず,欧州委員会などが脱炭素化政策を強力に推し進める理由は何か。EUの環境規制をいち早く域内で先行実施し,その規制を域外国の政府・企業・消費者などにも従わせることでグローバル規制の覇権を握ろうとする,所謂「ブリュッセル効果」戦略の展開を目論んでいるためだ。欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は,2035年にエンジン車の新車販売を全面的に禁止する方針(EV化シフト)については,原則変更しない考えを堅持している。

 しかしながら,欧州委員会を取り巻く政治的・経済的・社会的環境は大きく変わった。脱炭素化への批判は,2024年6月の欧州議会選挙での右翼ポピュリスト政党の躍進を許した。また,脱炭素化に伴うエネルギー価格上昇や景気低迷に反発する市民層がドイツ,フランスなど主要国で極右・極左のポピュリズム政党の支持へと流れる現象が起きた。欧州委員会は早急に,脱炭素化の見直しと産業競争力強化という課題に取り組まざるを得なくなった。

 欧州委員会は2025年3月,低迷するEU域内の自動車産業の救援策を盛り込んだ行動計画を発表した。EVの購入支援・補助を拡充し,EV需要を喚起する。自動運転や新車のCO2排出を巡る規制を緩和し,大手自動車メーカーが新技術に投資しやすい環境を整えようというものである。

 また,欧州委員会は,従来の方針を撤回し,35年以降も再生可能エネルギー由来の水素とCO2を合成することで,温暖化ガス排出をゼロとみなす合成燃料利用に限ってエンジン車の新車販売を認めることを決めた。

 こうした中,ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は9月26日,ある独経済界の会合で「EU加盟国の首脳や欧州委員会に対して,内燃機関車(ICE)の新車販売の禁止を撤廃するよう働き掛けている」と説明,「一方的に禁止すべき技術を指定したり,達成時期を設定したりするのは間違いだ」と批判した。

 当然予想されたことだが,10月1日のEU非公式首脳会議の場で,欧州委員会に対して,35年までに内燃機関車の新車販売を禁止する方針を見直すよう迫った。ドイツが公然と反旗を翻した背景として,フォルクスワーゲン(VW),メルセデスベンツ,BMWなどドイツ大手の自動車メーカーがEV市場の不振から大幅な人員削減や工場稼働停止による生産調整など抜本的なリストラに追い込まれて戦略転換を迫られているからだ。今後,本年12月開催予定のEU首脳会議(欧州理事会)でどのような合意がなされるのか注意深く見守りたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4064.html)

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