世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
EU米関税合意,「核心的利益」は守れたか:加盟国で分かれる評価
(駿河台大学 名誉教授)
2025.08.04
トランプ米大統領は7月27日,自身のSNSでEU(欧州連合)に対する相互関税を15%とすることで合意したことを明らかにした。トランプ氏は8月1日からEUの関税率を30%に引き上げると通告していた。交渉期限ギリギリの土壇場の決着であった。
トランプ氏は同日,EUの執行機関である欧州委員会のフォンデアライエン委員長と英国スコットランド・ターンベリーで会談した。「核心的利益」とみなしていた相互関税15%と個別の自動車関税15%は,7月22日に合意した日米関税内容を踏襲した格好だ。フォンデアライエン氏は日米合意直後の7月23日,日EU定期首脳会議のため東京に来ていた。EU側は日本政府の通商担当者に助言を求めたといい,日米合意が目安となって妥協を急ぐ機運が高まったのではないかと考えられる。
トランプ氏は「史上最大のディール(取引)だ」と国内のMAGA(米国第一主義)支持者向けに外交の成果をアピールするが,米国に不利益となるような内容は当然明らかにしない。トランプ氏が大きな成果だと強調する首脳会談や閣僚協議で合意した中身に曖昧さが残る。当然,合意内容の確認がどうしても必要だ。EUや日本は8月1日から15%の関税率が発効すると想定しているが,米国側は発行時期を明らかにしていない。合意を巡る双方の主張に食い違いが見られる。対立の火種は残されたままだ。
フォンデアライエン氏は共同声明あるいは正式な文書の形で合意内容を確認すると述べている。一方,日本政府は法的拘束力のある合意文書の形にすることはしないという。これまでのところ,合意協定書を取り交わしたのは英国だけだ。日米,欧米双方で異なる解釈が生じるリスクを生む恐れがある。
フォンデアライエン氏は「今回の合意によって安定がもたらされ,予測可能性が確保される。これは大西洋両側のビジネスにとって非常に重要だ」と語り,「この合意は過小評価されるべきでなく,我々ができる最善の結果だ」と述べた。米国との貿易摩擦の激化が避けられたとEU側で安堵の声が上がる一方,EU主要国の間では評価が分かれた。メルツ独首相は「輸出依存度が高いドイツ経済に深刻な打撃を与えるところだった」と合意を歓迎,特にドイツの主要産業である自動車関税が15%に引き下げられたことで「核心的利益は守られた」と歓迎する立場を示した。他方,バイル仏首相は,EUが米国に服従した「暗黒の日」と批判した。今回の交渉合意では,ドイツに有利な内容となった一方で,フランスの関心品目であるワインやコニャックなどの蒸留酒の関税率が依然不明のままである。
この他,メローニ伊首相は「合意を前向きに考えているが,詳細を見ないと判断できない」と態度を留保,スペインのサンチェス首相も「合意を支持するが熱狂はしない」と冷めた受け止め方を示し,暗に不満を示した。
対外通商権限を有する欧州委員会としては,合意内容の詳細を詰める対米協議に加えて,加盟国間の利害の調整に頭を悩ますことになる。
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