世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新首相の誕生を機に今一度日本経済について考える
(静岡県立大学国際関係学部 講師)
2025.11.03
2025年10月に誕生した高市早苗新政権については,すでに様々なことが言われている。日本初の女性首相だとか,保守強硬派で安倍晋三元首相の側近だったなど,彼女の政治的な特徴について盛んに報道されている。しかし,経済的側面については,安倍元首相の後継者ということで,アベノミクスを引き継いでて,拡張的なマクロ経済政策を採用することぐらいしか報じられていない。以下では現在の経済状況で,アベノミクスを採用するのは,適切なのかどうか,また継続的な民主導による経済成長に必要なものについて,思いつくままに述べていきたい。
アベノミクスとは何か,今一度,ふり返る。それは安倍元首相が2012年末に首相に復帰して採用した経済政策のことであり,3本の矢と言われた3つの経済政策から構成されている。1本目の矢は,異次元の金融緩和策であり,2本目の矢は拡大的な財政政策,3本目の矢は構造改革である。
現在,ニュースや新聞などでよく取り上げられるのは,最初の2つの矢であり,これらの政策は需要を刺激して,経済を成長させる政策である。つまり,これらは経済が不景気のときに採用される政策である。最後の矢はあまりメジャーなメディアで触れられないが,供給側に働きかける政策である。つまり,構造改革を通じて,生産の効率性によって生産を増やすことで経済成長を促す政策である。
ここで重要なことは,需要と供給を区別することである。つまり,需要を刺激する政策と供給を刺激する政策ではインフレ率に及ぼす影響が異なるからである。ここで,アベノミクスが採用された当時の経済状況と現在の経済状況を比較する。アベノミクス当時の日本経済は物価が下落するデフレの状態であり,これは需要不足に起因していた。そのため,アベノミクスの最初の2本の矢による需要刺激策が重視されて,デフレの状態を改善しようとした。しかし,現在の経済状況は日本銀行がインフレ率の目安とする2%を越えるインフレ率が続く状態である。この状態は需要が供給を上回っていることを示唆している。つまり,現状で需要刺激策を採用することは,需要を増やしても供給が追いつかず,さらにインフレ率を加速させることになりかねない。
したがって,必要なのは,需要ではなく,生産を増やすことである。つまり,第3の矢による生産の効率性の向上がその鍵を握る。新政権も含めて,これまでの歴代政権も重要性は認識しており,各政権で成長戦略が打ち出されている。しかし,どの戦略も似たり寄ったりであり,現在の新政権も日本経済を力強くするとはいうものの,具体的な戦略は目新しさに乏しく,従来の焼き直しに過ぎない。
日本経済は高度成長期を経て,先進経済へと発展した。もう見本というかお手本になる国がない中では,自国で新たなイノベーションを起こして,継続的な成長を実現するしかない。それはアメリカを見れば自明である。そのために,必要なのは研究開発投資(R&D投資)の拡大であり,政府も促進に向けて様々な政策を打ち出している。しかし,R&D投資によってイノベーションを起こすには,すぐには商業化できない基礎研究が重要であり,政府の視点で抜けているのはその部分への支援である。現在の日本では,大学や研究機関へ配分される研究費は教育問題として捉えられている。しかし,日本政府の研究費の配分額はアメリカのみならず,中国よりも低いことを考えれば,これを日本の成長戦略と位置づけて,積極的に増額していくべきである。
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