世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3925
世界経済評論IMPACT No.3925

今だからこそ,自由貿易について考える

飯野光浩

(静岡県立大学国際関係学部 講師)

2025.08.04

 現在,日本の石破政権の政局とも絡んで,トランプ米国政権の相互関税の話題であふれている。2025年7月24日付けの全国新聞各紙では相互関税が15%に低下したとの報道が一面に掲載されている。確かに25%からの低下は良いことであり,自動車やその関連部品も15%に低下することも良い。さらに,関税率に関する不確実性も低減されたのも望ましいことである。しかし,関税低下で大騒ぎしているが,15%もかなりの高関税である。保護主義が勢いを増す中,今一度,自由貿易について考えたい。日本の戦後の経済発展やアジア諸国の経済成長からみてわかるように,貿易には貧困を削減して,生活を豊かにする力があるからである。

 その前に,初めにトランプ政権の貿易に対する立場を確認しておこう。それは,関税低下で大騒ぎしているなかで,忘れられているからである。トランプ政権は「貿易赤字は富が搾取されている」ことであり,「黒字は富が蓄積されている」と損得勘定で貿易を捉えている。つまり,古典的な重商主義者であり,貿易をゼロサム・ゲームと捉えている。トランプのこの富は,収支黒字そのものの場合もあれば,雇用の場合もある。しかし,ここで重要なのは,雇用が増えても自動的には赤字は減らないということである。

 つまり,トランプ政権流の重商主義には一貫性が全くないのである。関税を課すことは経常収支赤字を削減するためと言いながら,日米合意では日本からアメリカへの巨額な投資額(5500億ドル)が盛り込まれた。トランプ氏の中では,対外投資で雇用が増えれば,赤字が削減すると考えているようだが,必ずしもそうとはならない。それは,貿易赤字も対外投資も本質的には日本からお金がアメリカに流れることを意味し,つまり,受取超過を意味するからである。

 その一貫性のなさにより,関税率などの貿易政策について振り回されがちなため影に追いやられているが,自由貿易について簡単にふり返りたい。自由貿易とは,比較優位により,すべての国が利益を得ることができる。国際経済学の教科書ならどの本にも書かれている基本中の基本である。そこでは,各国は他の財と比べて相対的に安く生産できる比較優位財に特化することで,貿易の利益が得られると述べられている。このプロセスで重要なのは比較優位財への生産資源の移動である。つまり,構造調整を促進して,労働などの要素を比較優位財へと移動させることが貿易の利益を得るのに肝要であり,比較劣位残業に固執することではない。インターネット関連産業などの情報技術産業(IT),人工知能(AI)は明らかにアメリカに比較優位があり,製造業は比較劣位の状態である。アメリカは,製造業を保護することではなく,ITやAIなどの比較優位産業へ生産資源を移動させる構造調整政策に産業政策の力点を置くべきである。

 保護主義は経済的に資源配分が非効率的なだけはなく,経済に政府への介入を強める結果となり,政治への依存度が高くなる。これは,経済安全保障という別名の下でも進んでいることである。重要なことは比較優位の原理に代表されるように,経済は経済の原理に基づいて動くことを認識することである。政治の都合通りには必ずしもいかない。

 つまり,消費者である一般の人々は価格が安い財・サービスを購入したいし,生産者である企業はできるだけ高く財を販売したい。この両者の相反する目的を調整しているのが,市場メカニズムであり,消費者の需要と生産者の供給が等しくなるように価格が決定される。この価格の高低を決める一つの要因が,先述した比較優位である。すなわち,企業には,生産している国の経済環境の下で,生産が得意な財や不得意な財があると言うことである。得意な財は安く大量に作ることができ,不得意な財は高くて少ししか作ることができない。したがって,不得意な財の生産は競争の中で,淘汰されていく。これが市場メカニズムの一側面である。これを無視すると,コストがかかる。つまり,この原理を無視した政治の動きは,コストがかかる。したがって,このコストが高く受けいれられないとなると,政治の意図通りにはいかなくなるのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3925.html)

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飯野光浩

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