世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新興国系多国籍企業の先進国系企業買収:要因分析と戦略課題
(関西学院大学商学部 教授)
2025.03.03
米欧日に本社を有する「先進国系多国籍企業」(以下,先進国系と略記)が中国・インド系等の「新興国系多国籍企業」(新興国系と略記)に買収される件数が,2008年9月に端を発したリーマン・ショック以降,急増した。先進国株が急暴落した局面で,新興国系は欧米日の安値株を大量に取得した。先進国系の株価が大きく戻ると,新興国系では取得株を大量に売却しキャピタルゲインに走った企業が多い。先進国系が持つ製品技術,製造技術,販売経路,販売ノウハウ,ブランドの使用権を得るために,持ち株比率をさらに高めて先進国系を買収した中国系とインド系の多国籍企業も少なくない。
新興国系による先進国系の買収を真っ先に理論的側面から捉え,後の研究へ最大級の効力を及ぼしたのは,Luo and Tung(2007)が唱えた「スプリングボード(springboard)理論」であり,「先進国系の伝統的な多国籍企業論」とは以下の点で,骨組みを全く異にする。
新興国系の場合,新規完全所有型直接投資(green-field investment)ではなく,最初から先進国系多国籍企業の買収に着手し,その後,戦略提携を交えるパターンが割と多い。ただし,インド系では,中国系よりも海外事業リスクヘッジを強く意識してか,先進国系との国際戦略提携を経てから,提携先企業あるいは別の先進国系企業を買収する傾向が強いようだ。
加えて,「ボーングローバル(born-global)」と称される「生まれながらにしてグローバル企業」は,中国系よりもインド系から出自する確率が高い。
インド系の中には中国系に比べて保守的,つまりリスク回避性向度で上回る面もあれば,積極果敢なチャレンジャー性も強い。経済的資源と同様,企業の経営資源にもハードからソフトへのシフトが進み,インド企業が得意とするソフトウェア開発は「ボーングローバル」の生成に大きく寄与した。
世界市場では今,インド,中国,ロシア,ブラジルといったBRICsに本拠を置く新興国系企業間の競争が激化し,いかにして新規事業開拓に効果的な最先端技術を他社に先行して獲得し,イノベーション能力を短期的に向上させられるか,といったタイムベースの競争に突入している。かかる競争場裏では,自社独自の競争優位をいち早く確立した企業が真の勝利者になれる。Buckley(2016)らの研究では,インド企業が戦略的資産獲得のために多国籍企業を買収する例が多いと指摘される。BRICs系の内,インド系が中国系を世界市場内競争優位の面で一歩リードしているようだ。
新興国系が先進国系を早期かつ真っ先に買収する上で,必要条件=財務力,十分条件には先進国系の買収を経て入手し利用可能となる技術力の維持と,技術の独自性と汎用性の相乗効果が強く関係してくる。かかる十分条件こそ,新興国系に重要な経営課題となる。その意味では,新興国系の財務力が十全であれば,先進国系の買収を通じて新技術や新市場への近接性を確保可能(=必要条件を充足)であっても,買収後の成功は必ずしも約束されない(=十分条件は満たせず)と解せる。
買収以降に技術力や研究開発能力を自助努力により向上できれば,買収側の新興国系は自社内イノベーション能力の強化に辿り着ける。Amendolagineら(2021)は,インド企業がシリコンバレーやロンドンといったイノベーションの中心地への投資を通じて,本国では得にくい高度技術や市場知識を買収で効率的に獲得し,買収以降も技術投資や研究開発力強化投資を継続すれば,当該企業に新技術や新市場への近接性をもたらし,高度技術産業のバリューチェーン(value chain)内へ組み込まれるきっかけを与えると示唆している。かかるバリューチェーン内で,インド企業は川上内の最上に相当する「ソフト開発」と川下の極致に当る「アフターセールス・サービス」でも先進国系を上回る強みを発揮できる。経営活動の付加価値連鎖内で,これら2つは付加価値比率が高い活動ゆえ,それを根拠にして,「海外で先進国系多国籍企業を買収し終えたという条件に合致するインド系と中国系を比較した場合,対象となる在外子会社の単独決算では売上高営業利益率の面でインド系の方がより高くなる」という仮説を設けたい。両国の多国籍企業における買収対象子会社の単独決算内の営業利益と対売上高営業利益率,さらに世界連結ベースでの上記2つの決算数値を対比できれば,仮説検証は適切に行える。
最後に,新興国では先進国よりも,国家イノベーションシステム(National Innovation System; NIS)の変化が及ぼす新興国系の買収行動の進化に与える影響が大きいと考えられ,新興国系ならではの経営行動に変化を及ぼす鍵的要因としてNISは見過ごせない。特に,新興国系多国籍企業が形成するグローバル・バリューチェーンにNISがどのように,どの程度まで変化をもたらし得るかは,当該企業はもとより競合先企業にとって,さらには受入国にとっても,注目材料となるに違いない。
関連記事
藤澤武史
-
[No.3645 2024.12.02 ]
-
[No.3088 2023.08.28 ]
-
[No.1872 2020.09.07 ]
最新のコラム
-
New! [No.3782 2025.03.31 ]
-
New! [No.3781 2025.03.31 ]
-
New! [No.3780 2025.03.31 ]
-
New! [No.3779 2025.03.31 ]
-
New! [No.3778 2025.03.31 ]
世界経済評論IMPACT 記事検索
おすすめの本〈 広告 〉
-
新多国籍企業経営管理論 本体価格:2,800円+税 2015年12月
文眞堂 -
文化×地域×デザインが社会を元気にする 本体価格:2,500円+税 2025年3月
文眞堂 -
ASEAN経済新時代 高まる中国の影響力 本体価格:3,500円+税 2025年1月
文眞堂 -
ビジネスとは何だろうか【改訂版】 本体価格:2,500円+税 2025年3月
文眞堂 -
国民の安全を確保する政府の役割はどの程度果たされているか:規制によるリスク削減量の測定―航空の事例― 本体価格:3,500円+税 2025年1月
文眞堂 -
カーボンニュートラルの夢と現実:欧州グリーンディールの成果と課題 本体価格:3,000円+税 2025年1月
文眞堂 -
セル生産システムの自律化と統合化【増補改訂版】:トヨタの開発試作工場の試み 本体価格:3,000円+税 2024年10月
文眞堂