世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
独VW,業績不振で戦後初の国内工場閉鎖発表
(駿河台大学 名誉教授)
2024.12.16
中国勢との競争激化,EVシフトで躓き
欧州の最大手自動車メーカー独フォルクスワーゲン(VW)が,本年9月に国内の少なくとも3工場を閉鎖するなど1937年の創業以来初となるリストラ計画を検討中だと発表した。
VW労働組合によると,経営側から国内3工場閉鎖で同グループ従業員30万人のうち数万人規模の人員削減と賃金の約10%カットのリストラ案を検討中であることが通告されたが,労組側は,リストラ計画を撤回するよう強く要求したとしている。
経営陣は閉鎖の理由について,電気自動車(EV)販売の低迷に加え,エネルギー費や人件費の高騰による国内工場のコスト高などを挙げ,生産拠点としての競争力の面で他社に後れを取っていると説明している。事実,欧米などの主要EV市場の販売不振と中国での需要減などEVを巡る事業環境の厳しい変化がある。主力のVWブランドの本年1~9月期の販売業績は低迷し,収益見込みの下方修正に追い込まれている。労組側は,工場閉鎖とリストラ,賃金カットの撤回を求めて,12月初めに2018年以来の大規模なストを行った。経営側から早期に譲歩を引き出すために更なるストを計画中で徹底抗戦の構えを見せている。経営側は厳しい決断を迫られている。
欧州では,ドイツなどでは財源不足などの理由によりEV購入補助金や減税などの支援策が打ち切られた結果,他の大手自動車メーカーも相次いでリストラ計画を発表している。VW傘下のアウディがベルギー工場閉鎖を巡って労働者ストが続いた。オランダに本社を構える多国籍企業ステランティスも伊工場の閉鎖を迫られている。
EV支援策の打ち切りは,欧州大手自動車部品メーカーにもその影響が波及している。独自動車部品ボッシュ,仏自動車タイヤ・ミシュラン,仏自動車部品ヴァレオなどが相次いで工場閉鎖・人員削減などのリストラ計画を明らかにしている。EUにとって最も衝撃的な出来事は,欧州EV政策の要と位置付けられていたスウェーデンのEV車載電池大手ノースボルトが価格と技術水準で勝る中国製に追いつけず経営難に陥り,米連邦破産法適用の申請に追い込まれたことだ。
中国攻勢の勢いが衰えない背景には,中国国内でのEVメーカー間の競争激化や生産過剰がある。過度な価格競争が繰り広げられ,中国の景気減速も加わって国内需要は頭打ちだ。35年からエンジンの新車販売を原則禁止とするEUはEV巨大市場である。欧州に活路を見出そうとする中国勢の,安値なEVの輸出攻勢に拍車がかかっている。脱炭素化という高い理念を掲げ,世界に先駆けてEVシフトを打ち出したEUが中国EVとの競争に抗し切れず躓いている。EUが本年10月に中国製EVに最大35.3%の追加の相殺関税(既存の10%加えると最大45.3%)を賦課したにもかかわらず,高い関税障壁を低価格戦略でクリアし,また現地生産への切り替えによって,欧州EV市場を席捲し始めている。
今,欧州の脱炭素化政策が誤算だったのではないかという見方が広がっている。EUが欧州グリーン・ディールのエネルギー政策が行き詰まり,製造コストが高止まりする誤算が生じているからだ。欧州自動車工業会(ACEA)は欧州委員会に自動車の環境規制の緩和を求めた。イタリアのジョルジャ・メローニ首相も「2035年のエンジン新車の原則販売禁止は,自己破壊的なアプローチの最も明白な事例だ」と痛烈に批判している。
マリオ・ドラギ前伊首相・前欧州中央銀行(ECB)総裁が本年9月に公表した報告書で「産業政策なく気候変動対策を推し進めた計画不足の事例だ」として,補助金の支援なく自動車メーカーにEV普及を促すだけでは,産業の空洞化が進むと指摘している。
本年12月,第2期目に入った欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は35年の原則禁止の方針を堅持している。一方で,欧州では脱炭素化に伴うエネルギー価格上昇や景気低迷に反発する市民層が極右・極左のポピュリズム政党の支持へと流れる現象が起きている。今後の世論の動向次第でEV政策の転換に踏み切らざるを得ないかもしれない。同氏の今後の主導力が問われている。
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