世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3629
世界経済評論IMPACT No.3629

加速する中国の景気対策(続)

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2024.11.25

 前掲の拙稿(11月18日付No.3621)に続き,中国の景気対策について論じる。

 中国の金融緩和政策は国務院の権限だが,建前上,財政支出については全人代の批准が必要である。11月8日,全人代常務委員会が開催され,地方政府の隠れ債務問題に対する抜本的な措置が決議された。会議席上,財政部は,地方の城投公司(いわゆるLGFV:地方政府が関与する資金調達会社,この資金調達は地方政府にとって簿外となる)の負債,すなわち隠性債務が14.3兆元に上ることを明らかにし,これを2028年までに2.3兆元に減らすことを明らかにした。国務院が隠れ債務の規模を明らかにしたのはこれが初めてである。

 既存債務の借り換えのため,国は年間8千億元の地方政府専項債(地方政府が特定・特例の事業建設のために発行する債券)の発行を5年間に渡って認める。また中央政府は地方政府の財政支援として同期間累計6兆元の資金を助成金として投入する。合計10兆元に上る財政措置である。

 まず前者は,地方政府の債務上限を引き上げることによって可能となる。従来,地方政府の隠れ債務の処理は,地方政府専項債ではなく,中央政府が発行する特別国債発行を原資する議論が行われていた。しかし,隠れ債務の内容が多岐にわたって複雑であるうえ,地方それぞれに事情があることから,政府保証のついた地方政府専項債でまかなうのが現実的と判断されたようだ。

 政府は2018年頃から地方政府の隠れ債務問題に注目してきた。当時の対応は,専項債発行限度額の枠内で処理するということだったが,それでも足りず,2019年には地方政府の借換債発行が認められ,隠れ債務減らしの余地が拡大した。これらの施策によって地方政府債権に置換された隠れ債務は4兆元に上る。しかし,この方式による隠れ債務減らしは一定の時間がかかること,この問題の解決が景気対策の重要なカギであるとの認識が党・政府内で高まったことから,一気にこの問題を処理することが決まったようだ。それが総額4兆元の専項債発行追加枠の設定である。

 地方の城投公司の債務の3割が債券であり,発行残高は4~5兆元と推定されている。専項債は,城投公司の既発債とスワップされることになる。この債権発行にあたっては,地方ごとの隠れ債務の状況(金額や返済条件,対象となった事業,事業主体の財務状況,債権者など)を精査した上で,各地方に割り当てられる。無論,左記の精査作業を通じて,様々な問題も明らかになってくる。当然,これに関わった責任者は処罰の対象となる。昨年からこれらの調査が行われており,金融機関幹部の処罰,借入主体となった地方の城投公司の統廃合や解散といった措置が取られているが,この動きも拡大してゆくだろう。

 次に6兆元の財政移転だが,これは,使途が隠れ債務の返済に限定される。今回行われる財政移転は,中央政府に始まり,地方上級政府から下級政府へ無償で配分されるが,それぞれのレベルの城投公司など隠れ債務借入主体の返済に充当される。上述の専項債を用いたデット・スワップと中央政府資金での弁済とのパッケージで一気に隠れ債務問題を解決するのが目的である。

 この結果,中央政府の財政赤字は2024年,4兆元を超える水準となる。また,1兆元の新発超長期国債を含めれば。3%を超える可能性がある。習近平国家主席が拘ったのは3%というレッドラインを越えないことだった。中国のエコノミスト,とくに外資系金融機関のエコノミストは,中央政府財政赤字が国際比較でみても依然低水準にあることから,まだまだ財政出動の余地があると主張している。しかし,地方政府の財政赤字が拡大傾向にあることを勘案すれば,手放しでは安心できない。隠れ債務の解消にもあと5年はかかる。この間,何がおこるかわからない。今回の財政措置は,その意味,財政規律を維持する中で,ぎりぎりの大盤振る舞いだったということができる。また,全人代常務委員会開催の時期がちょうど米大統領選挙と重なったことも,この決定を後押ししたのではないか。

 ただ,地方政府の財政は厳しさを増している。上限が定められている専項債発行資金だけでは3割程度しか処理できない。隠れ債務を一気に処理するにはキャッシュ投入も不可欠である。

 ちなみに,現在の移転支出制度は,1994年の税制改革で導入されたが,当初は主に増値税還付という本来の地方所得パターンを補填することが目的だった。これが,一般移転と特別移転を主体とする,より広範なものとなっていった。ハイパー・ファイナンスによる経済成長が20年間続いた中で,中央から地方への移転規模は徐々に増加し,地方財政支出に占める割合も増加している。2015年の移転額は5.5兆元に達し,地方財政支出の37%を占めた。2023年には10兆3000億元に達し,初めて10兆元を超え,地方財政支出の44%を占めるに至っている。11月の全人代常務委員会では,この移転支出をさらに5年間で累計6兆元上積みすることが決まった。

 日本では,3割自治という言葉があるが,中国は4割だ。それも地方によって大きく異なる。2023年の地方財政の移転支出依存度は44%で,22省がその水準を上回り,ほぼすべての省が50%を超えている。最も依存度が高いチベットは90%に達し,次いで黒龍江省が82%,青海省が78%,甘粛省,寧夏省,吉林省,新疆ウイグル自治区はいずれも70%を超えている。また,チベットは一人当たりの移転額が最も高く(2023年には69,200元),全国平均(11,200元)や西部平均(17,700元)を大きく上回っている。2015年などの過年度のデータを比較すると,ほぼすべての地域で移転への依存度が上昇しており,特に黒龍江省と吉林省では約20%増加しており,黒龍江省では主に均等化,社会保障,農林水の分野でより大きな移転を受けている。規模別では,四川省の移転額が6,772億元と最も多いが,四川省の移転依存度と一人当たりの移転額は中程度である。依存度が低いのは主に浙江省,上海市,広東省,江蘇省,北京市で,いずれも20%を下回っており,浙江省は11%,上海市は13%と全国最低レベルである。

 9月の金融バズーカに次ぐ今回の財政バズーカにより,宿痾ともいうべき,地方政府の隠れ債務問題の解決にも目途がついた。不動産市況が10月に入って蘇生の兆も見せるようになっている。「どぶさらい」の作業はまだ続くが,ハイパー・ファイナンス成長から質の向上による成長への段取りはほぼつきつつあるように思える。今後の課題は,財政面で中央依存度を強め続けている地方の産業・経済振興の加速である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3629.html)

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