世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3619
世界経済評論IMPACT No.3619

華為技術のAIチップがTSMC製7nmチップを搭載:米国の輸出規制に突破口か

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.11.18

「昇騰910B」騒ぎ

 華為技術(ファーウェイ)は,同社が開発した人工知能(AI)処理用チップ「昇騰(Ascend)910B」が,NVIDIAの「A100」と基本的に同等の性能に達したと公表した。半導体産業向けの情報プラットフォームを運営するカナダのTechInsights(テックインサイツ)が同チップを分析した結果,TSMC製の7nm(ナノメートル)を搭載していることが判明し,直ちにTSMCに通報した。

 米国商務省産業安全保障局(BIS)は,2022年に華為技術をエンティティリスト(貿易上の取引制限リスト)に指定した。TSMCも2022年9月以降は華為技術に半導体を出荷していないが,どうしてこのような事態になったのか。TSMCは直ちに米国商務省に報告し,出荷した半導体を調査した。このスクープはフィナンシャル・タイムズ(FT),ロイター通信,ブルームバーグなどが報道し,大きな話題を呼んだ。

 10月中旬にBISはTSMCの上層部を呼び出して,TSMCのサプライチェーンと中国との関係を明らかにし,その突破口がどこにあるのかを調べた。メディアによる報道の前に,数名の米国下院議員がジーナ・レモンド商務長官に書簡を送り,華為技術のサプライチェーンの闇のネットワークを調査するよう要請した。これに対し商務省は「適切なチャンネルで対応する」と回答に留めている。

 参考情報:“Huawei suppliers face US Law maker effort to block chip gear”(10月17日付,ブルームバーグ)。

華為技術が米国の輸出規制を突破したのか

 本件について,中国外交部は「米国の国家安全保障を盾にした一連の行為に対し強く抗議する。これは中米間の良好な通商関係を大きく毀損するものだ」とする声明を発表した。

 ロイター通信は10月22日付の記事“TSMC says it has alerted US potential China AI chip curbs violation information”で,TSMCの「現時点では当社がBISの調査対象になっているとは認識していない。また,2020年9月中旬以降はファーウェイに対し,当社製品は一切供給していない」とする声明を伝えている。

 その後の10月23日には,上述の通り,下院中国特別委員会委員長であるジョン・モーレナール(John Moolenaar共和党・ミシガン)下院議員などが,商務省長官に対し,「なぜ華為技術製造の装置にTSMCのチップが搭載されたのか」を説明するように要請したことで,「華為技術が米国の輸出規制を突破した」事実が人々の知るところとなった。

 昨秋,華為技術のスマートフォンMate60 Proが中芯国際集成電路製造(SMIC)製造の7nmチップを採用したことで,大きな話題になった。前掲の拙稿(2023年11月6日付No.3175)で筆者は,SMICがDUV(深紫外線)露光装置を使った多重露光(multi pattern)方式で同チップを製造したとする考えを記した。多重露光はリソグラフィを繰り返し露光することで,より細かい線幅の製造ができるが,良品率は高くないとも述べた。もし,SMICの良品率が適正であれば華為技術は「昇騰910B」にもSMICのチップを使用した筈である。華為技術はエンティティリスト対象企業であるため,同社は他の“白い手袋(white gloves)”(規制未対象企業)を介してTSMCに発注した可能性が極めて大きい。

 10月15日,中国のスマートフォン・メーカー小米(シャオミ)の市場部副総裁王騰は「旗艦(フラグシップ)スマートフォン搭載のチップを3nmにバージョンアップする」と発表した。また,北京市経済・情報化局は小米の3nmチップ搭載のスマートフォンが近日中に量産化されると発表したが,この記事はすぐにネットから消失した。果たして,小米の半導体チップはどの企業に委託し製造するのか。現在,3nmチップを製造できるのは,TSMC,サムスン電子とインテルの3社のみであるが,TSMCのシェアは9割以上のため,当然考えられるのはTSMC製チップを使用する可能性だ。

 TSMCは「昇騰910B」に搭載された7nmチップが中国の「厦門算能科技(アモイ・ソフゴ・テクノロジーズ=SOPHGO)」(規制未対象企業)からの受注であったことが判明したため,即時同社への出荷を中止したと公表した。また,TSMCは「今後,中国から線幅7nm以下の先端半導体の受託生産を受けない」ことを公式に発表した。小米は対米輸出規制対象企業でないため,理屈的にはTSMCのチップを利用することも可能であるが,上述のコメントからもTSMCは小米から受注しないだろう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3619.html)

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