世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ゲルシンガーCEOの更迭:半導体王者・インテル,盛衰の経緯
(九州産業大学 名誉教授)
2025.01.13
2024年12月2日,インテルのホームページに「パット・ゲルシンガーCEOの退任(Intel Announces Retirement of CEO Pat Gelsinger)」が発表された。ゲルシンガーCEO更迭のニュースは世界の半導体業界を震撼させた。情報筋によると,インテルの理事会がゲルシンガーによる企業再建に失望した結果と伝える。11月下旬のインテル理事会においてゲルシンガーはさまざまな改善策を提出したが,ある理事などはゲルシンガーを名指し,「なぜNvidiaとの競争において,Nvidiaはますます強くなる一方,インテルは弱くなったのか。貴殿の採用した戦略が駄目だったからだ」と厳しく指摘した。理事会の意向を受け,ゲルシンガーは,やむを得なく辞任を選択した,というのがその経緯である。
韓国の『朝鮮日報』はゲルシンガー退任を報道するに併せて,インテルのファウンドリーサービス(IFS)が2025年に量産化予定の18Å(オングストローム:18Åは1.8nm,TSMCの2nmに相当)の良品率が現在の10%に満たなく,半導体のファブレス大手企業のブロードコムは予定した発注を取り消し,他社に委託することになったと報じた。また,ほかの報道では,2025年までにIFS部門が18Åの良品率が商業化ベースに至らない場合,この部門を別の企業に切り分けるとも伝えている。
半導体王者・インテルの盛衰
(1)5代目CEOポール・オッテリーニ(Paul Otellini,2005年~2013年)
インテルの盛衰を論じる場合,5代目のCEOであるポール・オッテリーニから論じる必要がある。オッテリーニは,カリフォルニア大学バークレー校で経営学修士号を取得した初めての非エンジニアリング出身のCEOである。氏の任期中にインテルは初期の技術本位の企業から,ビジネススクールで教えられるマーケティング手法と株主を重視する企業に大きく転じた。
TSMCの創業者張忠謀(モリス・チャン)は,インテルの初期のCEOは技術に精通したが,1990年代後期から2000年初期に世界のビジネス界では「財務優先主義」が盛んになり,企業は株主のために儲けるべきであるとし,株主利益の最大化を図る方針に大きく舵を切るようになったと指摘した。卑近な例として,ボーイング社がR&D重視から株主重視,財務優先主義に転じたため,目論見に反し,今日では業績が大きく落ち込み,旅客機の受注数でエアバス社に逆転された,としている。
オッテリーニがCEOに就任後,コンサルタント企業に依頼し,「Intel Inside」という主導的宣伝手法を採用した。この時期にったが,マイクロソフトが「Windows」で「Intel」のCPU(中央演算処理装置)を採用したことから「Wintel」という造語が一躍有名になり,インテルは最盛期を迎え,繁栄を謳歌するに至った。これはオッテリーニの大きな手柄である。しかし,オッテリーニは技術には精通せず,任期中にスマートフォン搭載の半導体を発展させるチャンスを見逃し,インテルの存在感は次第に薄れ始めた。氏に先見の明が無かったことに起因する大きな損失であったと言えよう。
オッテリーニは辞任後に,アップルからのiPhone用半導体の受託生産を打診された時に,これを断ったことを在職時の最も後悔した出来事として語った。その後,モバイル領域の半導体市場に進出したが,たびたび挫折を経験した。フォーチュン誌のデータによれば,2013~2014年にインテルはモバイル領域で70億ドルの損失を記録したという。競合ライバルに大きく遅れを取ったことで,理事会からの大きな圧力を受けたオッテリーニは辞任するに至った。
(2)6代目CEOブライアン・クルザニッチ(Brian Krzanich,2013年~2018年)
モバイル部門の巨額赤字に直面したクルザニッチCEOは,スマートフォン搭載の通信半導体市場から撤退を決断した。当時,インテルだけでなく,Nvidiaもスマートフォン市場から撤退した経験がある。
クルザニッチはインテルの財務上の赤字のおおもと切り捨てたが,この決定はインテルの半導体製造技術に関わるR&D推進力の弱体化につながった。なぜならば,スマートフォンに搭載する半導体チップの線幅が益々微小化し,スマートフォン市場への参入を放棄したことは,線幅微小化追求の技術的潮流から脱落することを意味するからだ。他方,モリスが引率するTSMCはライバル他社をキャッチアップするために,24時間の3交替で次世代の先端半導体を開発に打ち込む「夜鷹計画」を推進し,最終的にライバルに打ち勝った。TSMCは「夜鷹計画」の成果として,10nmと7nmの先端半導体開発でインテルやサムスンを凌駕し,世界トップの座に登り上がった。他方,クルザニッチは部下との不倫スキャンダルによって更迭された。
(3)7代目CEOボブ・スワン(Bob Swan,2019年~2021年)
ビンガムトン大学のビジネススクールでMBAを取得し,財務畑出身のスワンCEOの時期,インテルは更なる衰退を辿るようになった。インテルは7nmの先端半導体の開発の壁を打破することができず,パソコン用CPUにおいてライバルのAMDに市場シェアが奪われるようになった。インテルに投資したヘッジファンドの上層部はインテル理事会に改革を強く要請し,スワンの辞職へと繋がった。
(4)8代目CEOパット・ゲルシンガー(Pet Gelsinger,2021年~2024年)
本稿冒頭で触れたゲルシンガーは,ペンシルベニア州の農村で生まれ,親は農場を経営していた。ゲルシンガーはエレクトロニクス領域での才能を発揮し,高校の最終学年を飛び級し,16歳でリンカーン工科大学に進学し,準学士号を取得した。18歳の時にはインテルで品質管理技術者として働きはじめ,在職時にサンタクララ大学を卒業し,スタンフォード大学の電気工学とコンピュータサイエンスの修士号を取得した。
後にはインテルの80486プロセッサのデザインマネージャーに就任し,この「80486プロセッサ」CPUによってインテルの全盛期を築いた。この貢献により,インテル初のCTO(最高技術責任者)に就任した。
2003年にライバルであるAMDがサーバー用プロセッサ「AMD Opteron」を発売し,インテルは市場シェアを徐々に失っていったが,Opteron発売前の市場シェアを奪還したのがゲルシンガーであった。2009年にゲルシンガーは30年間も務めたインテルを退職し,EMCのCOO(最高執行責任者)に就任した。後にはVM WaveのCEOに就任し,クラウドデジタルへのビジネス転換により売上高を3倍にも増加させ,Glassdoorから2019年の最も優れたCEOに選出された。
2021年,再びインテルのCEOとして戻ったゲルシンガーは,前任のCEOがマーケティング重視路線を取っていたことに対し,自身は技術本位の道を歩むことを強調した。ゲルシンガーのビジネス戦略は,設計から製造,封止までの徹底した垂直統合(IDM)を堅持した。しかし,この時期のインテルは既に半導体業界では王者ではなく,それぞれの領域をそれぞれのステップで完璧に統括することができなくなっており,全てが中途半端な結果になった。
ゲルシンガーが主導した第13代と第14代のCPUの開発であるが,これらのCPUではウェハーの酸化やマイクロコードの不具合が発生し,CPU回路の老化が速く製品寿命が短かった。2022年にInter ARC CPUのA350MとA370Mの2種類のゲーム用CPUが発売されたが,世界最大ゲームプラットフォームのSTEAMの統計データによると,発売されて2年も過ぎて,インテルのこのゲーム用CPUの市場シェアは僅か0.18%であった。市場データ機構のAI半導体の統計データで見ても,ゲルシンガーが主導したGaudi系列の領域でのインテルの存在感は非常に薄い。
特に,インテルの株価の大きな下落と赤字をもたらしたのは,ファウンドリービジネスである。インテルはかつて世界最大の半導体製造企業であり,先端半導体の開発領域では先頭を走り続けていたが,ゲルシンガーは過去の栄光を取り戻すために,4年間に5つのノード(世代)」を開発する野心的な計画を打ち出し,2027年の半導体市場シェアを業界第2位のサムスン電子を凌駕し,「オングストローム(Ångstrom)時代」の王者の地位に君臨する」という野心を抱いていた。既述の通り,10Åは1nm(ナノメートル)である。しかし,理想と現実の乖離は大きく,ファウンドリービジネスでの赤字損失は増々大きくなった。これもゲルシンガーが更迭された理由の一つであろう。
[参考文献]
- 朝元照雄「インテルのファウンドリービジネス再参入:再起するのか,TSMCとの比較」世界経済評論Impact No.2122,2021年4月19日。
- 朝元照雄「インテルCEOの“TSMC詣”:“凋落”からの挽回目指し,3nmチップ製造を要請」世界経済評論Impact No.2383,2022年1月10日。
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