世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3674
世界経済評論IMPACT No.3674

アップルとTSMC,出会いの真相:創業者は自伝で何を語るのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.12.30

 TSMC創業者張忠謀(モリス・チャン)の自著『張忠謀自伝:下冊1964~2018』が11月末に出版された。1998年に初版が出版された上冊(1931~1964年までの実績を記載)に続く,待望の出版で注目を浴びている。この下冊でモリスは,アップルとTSMCの製造委託の顛末を語った。ドラマチックな内容のため,自伝を援用し紹介する。アップルは自社で設計した半導体チップの製造を委託するに足る信頼できるファウンドリー(製造受託企業)を捜し,最終的にTSMCを選定した。以降,両社は密接に協力関係を構築し,従来のエコシステムを変革させるに至った。

 2010年11月9日,鴻海の創業者郭台銘(テリー・ゴウ)がアップルの最高執行責任者(COO)であるジェフ・ウィリアムス(Jeff Williams)を連れて,モリス宅を訪ねた。鴻海はアップルの最も重要なEMS(電子製造サービス)企業であるが,モリスの妻・張淑芬(ソフィー・チャン)は郭台銘と従姉弟という親戚関係でもある。

 当時,モリスは何とかしてアップルから受注を獲得したいと考えていたが,適切なルートがなく悩んでいた。そこに思いがけず郭台銘がウィリアムスを連れてきたのだ。訪問当日,理事会からの帰宅途上,モリスは妻のソフィーから「モリス,早く帰宅して。大事なVIPが訪ねて来たよ」という電話を受けた。帰宅したモリスは驚きながらも,即座にソフィーに2人分の夕食を追加させ,両社の最初のコミュニケーションが持たれた。

 翌日,TSMCの上層部と緊急会議を行ったウィリアムスCOOは,「私は,TSMCがアップルのファウンドリーとして協力関係を構築できる可能性があると観ている」と述べた。その後,アップルは設計・技術と購買のメンバーを台湾新竹のTSMCに派遣し討論を重ね,両社の協力関係は緒についた。

 当時,アップルのiPhone搭載の半導体チップはサムスン電子が受託製造を請負っていた。しかし,新型iPhoneの発売後に,サムスン電子から発売されたスマートフォンにより「アップルの特許機密が侵害された」とウィリアムスは主張し,長年にわたる特許訴訟に発展した。アップルは,サムスン電子の商業的倫理を遵守しない体制を強く批判。当然のことながら特許機密を盗んだ訴訟相手に製造委託をする訳もなく,そのため,TSMCに白羽の矢が立った。

 しかし,2011年3月にインテルがアップルのティム・クックCEOに半導体の製造委託を考慮するように要請した。これを受けたクックCEOは要請に前向きな姿勢を示したため,TSMCとの協議が一時的に中断された。モリスは直ちに渡米し,ウィリアムスと面会,クックCEOを紹介された。この時,クックはモリスに「インテルが貴社との関係に横槍を入れたと考えたでしょう?しかし,インテルへは委託しません。インテルはファウンドリビジネスに精通していない。委託は不可能です」と述べた。そして,5月にはTSMCとアップルとの関係が回復され協議が再び始まった。

 クックCEOの「インテルはファウンドリビジネスに精通していない」という言葉は,TSMCとの比較において発されたものだ。それは,(1)インテルは半導体の設計,製造,封止などを1社で請負うIDM(垂直統合)企業で,パソコン搭載のCPU(中央演算処理装置)など自社ブランドの製品を擁し,自社製品本位主義を一貫して採用している。外部企業からの製造受託は生産ラインに空きがでた時だけ受け入れる体制だ。さらに,設計,製造,封止のそれぞれのステップに高いマージンを要求する。他方,TSMCは顧客あってのファウンドリー企業のため,全ての顧客を大切に扱う。これは2社の決定的な違いである。(2)「インテルはファウンドリビジネスに精通しない」と言う言葉は,「TSMCはファウンドリビジネスに精通する」という意味でもある。これはモリスの「TSMCが最も得意とするのは,受託製造のどんな見積もりを顧客に提出しても,顧客に受け入れられ,TSMCも高い利益を得ることができる」とする言葉にも裏付けられる。

 モリスは自著で「TSMCは28nm(ナノメートル)チップを製造していたが,アップル側は20nmの開発を要求し,そのための利益率40%を認めると言う。最終的にTSMCはこれを受け入れ,アップルのための20nm半導体チップの開発に成功した。利益率も50%台を稼ぎだした」,一方「この時期にアップルはサムスン電子にチップを発注し,アップルもTSMCに16 nmのチップを発注した」としている。

 また当時,アップルからの発注量が多かったものの,TSMCとしては生産設備の拡張投資にはリスクを考慮し,アップルに対し要求の半分しか供給できないと,当時ビジネス業務を担当していた魏哲家(現在の会長・総裁)が回答したところ,アップルから「発注量の半分しか供給できないと言うが,TSMCは生産設備の拡張のため71億ドルの企業債を発行すればいい」と返されたとモリスは述べている。

 「TSMCは100人のチームをアップル本社に派遣し,秘密保持条項に署名した後,28nmの技術開発に次々と成功した」,「TSMCはアップルに半導体チップを提供する過程で学んだ新しい開発技術を活かし,次の半ノードと次世代のノードの2つの世代を同時開発し,アップルの要請に応えてきた。そのためのR&D費とR&D人材を毎年増やしてきた。こうしてTSMCの先端半導体の生産技術は,他社を凌駕するに至った」と述べた。

 2015年,アップルは最新のiPhone 6Sを発売した。スマートフォン搭載のCPU「A9」に最新のFin FET(魚の鰭(Fin=フィン)型をした3D構造のトランジスター)を採用した。それにより,TSMCの線幅16nmの半導体チップの良品率と機能は,サムスン電子の14nmのそれよりも優れたものとなった。

 モリスは「TSMCとアップルの独創的な協力モデルは,アップルが最先端半導体の設計を開発し,TSMCも絶えずアップルの要請に応えてきたものだ。アップルが“課題”を提出し,TSMCは“解答”を与え,絶えず切磋琢磨しソリューションを求めた。アップルが前でダッシュ,それをTSMCが後方支援することによって,先端半導体を開発することができ,世界をリードすることができた」と述べた。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3674.html)

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