世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3589
世界経済評論IMPACT No.3589

異文化に対して我々はどう向き合うべきか:英国の反移民暴動から見えてくること

小林規一

(国際社会経済研究所(IISE)主幹研究員・立命館大学デザイン科学研究センター 上席研究員)

2024.10.14

 この夏に1ヶ月ほど英国に滞在した。ちょうどこの時期にイングランド北西部サウスポートでの女児殺人事件に関するSNSの偽情報を発端にした反移民暴動が英国全国に瞬く間に広がった。連日メディアで報道されるのを見て,この事件は日本にとっても対岸の火事ではない,という感を強くした。日本を含む先進国では程度の差こそあれどの国も少子高齢化に直面しているが,労働力が減少する中で社会を回していくために海外からの労働者や移民を受け入れることは避けられないからだ。今回の英国の事例は,他文化への深い理解を踏まえた移民政策の重要性を示唆している。

 英国,特にロンドンは人口の約40%が外国生まれであると言われており街を歩いていても中東,アジア系や黒人など非白人とすれ違うことが多い。国全体では人口の14%が外国生まれだが,興味深いのは反移民が主要な争点だった2020年のブレグジット以降に移民が急増していることだ。英国立統計局(ONS)の推計によれば2022/2023年の英国への移民の純流入数はそれぞれ76万人,68万人とブレグジット以前の年間20~30万人の平均を大きく上回っている。これはコロナ禍を契機に仕事を辞めたり,職種を変える人が増える中で,保健/介護,宿泊/飲食業や建設業などでの人手不足に対応するために外国人労働者の受け入れを緩和した事が大きな要因になっていると言われている。

 移民に関してのもう1つの大きな変化は,ブレグジット後にEUからの移民が大幅に減少し,その代わりEU外のアジアやアフリカからの移民が増えていることである。EU内であれば家族を自国に置いて一人で英国に働きに来るケースも多かったのが,EU外の遠い地域からだと家族と一緒に移住するというのは想像に難くない。事実ONSの統計では,2023年に記録上初めて外国人労働者の数を扶養家族の数が上回っている。また,近年移民が増えているインド,パキスタン,ナイジェリア等は,欧州のキリスト教文化ではなくイスラム文化の背景を持っている人が多いが,女性の服装や権利を含め西欧文化とは大きく異なる価値観が存在している。過去の歴史を見ても十字軍など西欧文化とイスラム文化の同化は容易ではないことは明白である。

 英国は欧州の中でも多文化主義(Multiculturalism)を実践している。簡単に言うと「移民を含めた外国人に同化を強いるのではなく,異なる文化や考え方を尊重しながら社会のまとまりをつくる」,ということである。私自身20年以上英国に住んだ理由の1つが英国社会が自国以外の文化に寛容なことである。勿論,文化が異なれば当然いろいろな誤解や摩擦が出てくるのは避けられないが,「多少の摩擦があっても寛容性を持って異なる文化や考え方の人々と共生しながら活力ある社会や経済をつくる」,という努力を人々が日々重ねており,政府もそれをバックアップしている。今回の暴動では反移民のデモと人種差別反対のデモがロンドンをはじめとする英国各地で衝突したが,これは英国人の多くが依然として多文化主義を支持していることを示唆している。

 以前,筆者の子供が通っていた学校で,クリスマスを祝う行事があった際に中東などのキリスト教文化を持たない数名の生徒は欠席したという話を妻から聞いたことがある。移民が増え,こうした生徒の割合が増えてくると,学校がクリスマス行事を主催すること自体に疑義を唱える保護者が出てくるかもしれない。宗教やそれをベースにした価値観はパーソナルなものである。しかしある意味でこれは社会の背骨のようなものであり,異なる価値観がぶつかった時には文化的な分断が生まれる懸念もある。親しい英国人の友人に「移民問題に対して本音ではどう思うか?」と聞くと,「娘を持つ親としては,宗教的な差別は持ってないが移民によるレイプ事件が過去に多く発生しており,今回の問題は根が深い」という答えだった。英国では,長引く景気低迷とインフレにより社会に不満が蓄積している中で特に若者の不満のはけ口が今回の全国的な暴動につながった面がある。他方,多文化/他民族を尊重する穏健派の人々も,女性に対する性犯罪に対しては敏感になっており,移民の増加に対する懸念を募らせていることを感じた。

 海外からの移民をいかにスムーズに社会に統合させるか? というのは英国だけでなく,日本を含む少子高齢化に直面している多くの先進国に共通の課題である。英国の事例は,多文化主義の環境では,似たような文化や価値観を持つ移民は比較的容易に社会に同化されるものの,異なる文化や価値観を持つ移民の数が増えてくると,キリスト教的な寛容の精神だけでは限界があることを示唆している。

 グローバル化はモノ,資金,情報のみならず国境を越えた人の移動を加速させている。社会の中で異なる文化,宗教や価値観を持った人とどう共生し,社会に包摂(Social Inclusion)していくかを考える上で,文化的多様性への配慮は不可欠である。移民の効果的な社会的統合のためには,「他国の異なる文化や価値観の正しい理解」および「異文化に寛容な精神」に加え,「自国文化/社会の特性を踏まえた国ごとの移民戦略/政策」が必要である。出入国在留管理庁によれば日本の在留外国人数は340万人で人口比率はまだ2%台であるが,日本が世界に誇る治安の良さと街の清潔さは今後予想される移民の増加によってどこまで維持されるのだろうか?と英国で反移民暴動の報道を見ながら思いを馳せた。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3589.html)

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