世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3700
世界経済評論IMPACT No.3700

パラダイムシフトに直面する欧州はどこに向かうのか

小林規一

(国際社会経済研究所(IISE)主幹研究員・立命館大学デザイン科学研究センター 上席研究員)

2025.01.20

 欧州は大きな転換期を迎えている。ドイツ,ベルギー,英国を最近訪問し,大手シンクタンクや政府機関関係者と意見交換したが,そこで感じたことを一言で言うと,“欧州が針路を見失った大型客船になりつつある”ということである。

 欧州諸国は2つの世界大戦で自国が戦場になり約3600万人の死者を出している。その反省に立ち1993年に設立されたEU(欧州連合)は加盟国が自国の主権の一部をEUに委譲することで戦争を防ぐだけでなく,民主主義と人権を尊重し経済的な相互依存を深め,EU単一市場の創設により各国の経済を安定させ地域の繁栄を目指すという理想主義的な精神が出発点になっている。政策面でもEUは,加盟27ヶ国で人口4.5億人の単一市場の強みを活かし,環境保護,個人データ保護,AI規制,気候変動対応や持続可能な発展といった先進的な政策やルール作りで世界をリードしている。

 EUでは2カ国で全体の約4割のGDPを占めるドイツ,フランスが主導的な役割を果たしてきたが,ここに来て極右政党への支持が急速に高まり,両国での政治的混乱や分断が顕在化している。ドイツでは極右政党のAfD(ドイツのための選択肢)が躍進する中で与党連立政権が崩壊。ショルツ首相の不信任投票が昨年12月に可決され今年秋に予定されていた総選挙が2月に前倒しされた。フランスでは極右政党RN(国民連合)が躍進し,議会では中道連合,左派,極右の3勢力のいずれも過半数がとれず,政治的な分断とマクロン大統領のリーダーシップ低下が顕在化している。昨年12月にバイル首相が就任したが昨年の仏首相交代はこれで4人目である。

 こうした極右勢力の躍進の背景にあるのは,人々の間にマグマのように蓄積している経済/社会への不満といえる。エネルギー価格の高止まり,インフレや長引く景気低迷,移民/難民問題,終わりの見えないウクライナ戦争などの課題が積み重なる中で,解決策を提示出来ない政府に対し不満(NO!)を突き付けている。今まで欧州を牽引してきた独仏の政治的混乱や分断により政治リーダーシップが弱体化/空洞化してきていることは欧州の先行きの不透明さを一層深めている。

 ロシアからの安価なエネルギー,中国という巨大な新市場,米国の地政学的な傘,といった今まで欧州が享受してきたパラダイムが大きく変化する中で,欧州は新たな対応を迫られている。欧州の政策に大きな影響力を持つマクロン仏大統領は昨年のソルボンヌ大学での演説で,「ゲームのルールは変わった。私たちは今,転換期を迎えているのであり,私たちのヨーロッパは死の危機に瀕している」との強い危機感を述べている(注1)。その後EUが作成した今後5年間の政策指針では欧州の産業競争力の強化を最優先課題に位置付けているが,続いて発表されたEU報告書(ドラギ・レポート)でも,欧州の競争力強化に向けて,デジタルやクリーン技術,防衛産業等の分野で米中に対抗するために年間8000億ユーロ(約120兆円)規模の官民投資が必要だと提言している(注2)。巨額の資金をどう調達するかという課題はあるが,この提言は従来の欧州型の自由主義的な産業政策(市場競争原理優先,競争政策,消費者保護等)が新たなグローバルパラダイムの中で大きく変化していることを示唆している。

 他方,欧州の極右政党の共通理念は,EU懐疑主義,反気候変動政策,反移民/難民である。その意味で右傾化の動きはEU加盟国で自国ファースト,反気候変動,反移民/難民の方向に働くと同時に,EUが主導している汎欧レベルでの戦略イニシアチブを弱める方向に働くことが懸念される。ベルギーで欧州委員会を訪問した際に感じたのは,EUの機能を強化/拡大し新たな汎欧政策を進めることで欧州のDX・GX・防衛を含む地域競争力を強化していく,という強い決意である。例えば,昨年12月に発足した欧州委員会の新体制では,「技術主権・安全保障・民主主義・デジタル」,「防衛・宇宙」等のポジションを新設すると同時に,組織階層を3から2段階に簡素化し主要政策分野ごとの担当委員がフォン・デア・ライエン委員長に直接レポートするいわば分断統治構造を導入している。また,欧州議会で右傾化が勢力を増す中で最大会派のEPP(欧州人民党)は,従来対立していた伊メローニ首相を含む右派/極右勢力とも臨機応変に取引しながらの新たな形の政策連携を試行し始めている。

 今年に入っても欧州は独仏の政治的混乱に加え,長期化するウクライナ戦争,GDP成長率が2年連続でマイナスとなった独経済の不振,最大の貿易相手国である中国とのEV等での貿易摩擦,米トランプ新政権の防衛及び関税政策の不透明さなど山積する課題により前途多難な状況が続いている。冷徹な計算に基づく本音と理想主義的な建前をうまく使い分けて実利を取る老獪な欧州のリーダー達が今後どのような打ち手を講じてくるか? 現在の欧州と多くの共通点を持つ日本がしたたかに次の一手を考える上でも目が離せない。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3700.html)

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