世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日中関係改善に打つ手なし?
(多摩大学 客員教授)
2024.09.09
8月27日,米国の国家安全保障担当のジェイク・サリバン氏が訪中した。中国外交部の招きに応じたものだが,王毅外相とサリバン補佐官との対面での会合は今回で5度目になる。最初の会談は2023年5月,ウイーンのザッハー・ホテルで行われた。二度目が同年9月にマルタ島で,三度目が10月,ワシントン,そして四度目が今年1月のバンコクである。
米中関係は,2021年以降,悪化を続けていた。同年3月にアラスカで行われた米中外相会談は,ホスト側のアメリカが出迎えもせず,食事も出さず,雰囲気はとげとげしいものだった。ブリンケン国長官にさんざん嫌味を言われた中国側の女性通訳は悔しさに涙をこらえていたという。2022年8月には,ナンシー・ペロシ下院議長(当時)が台湾を訪問し,中国はこれに対して実弾を使った軍事演習で応えた。そして23年2月には,米国領空に進入した中国の気象観測気球を米空軍が撃墜するという事件も起こった。米中軍事衝突の懸念が否応なしに高まった。
しかし,2022年10月にインドネシアのバリ島で開催されたG20サミットにおいて,バイデン大統領と習近平国家主席の会談が実現し,両国は,「バック・チャンネル」すなわち非公式の外交ルートを開設し,諸々の懸案事項について協議することで合意した。したがって,会談内容は公開されない。米中「密約」もあり得ないものではない。
サリバン補佐官と王毅外相との会談はそれぞれ連日10時間を超えるものだったという。両国の本音が吐露されたものであったことは想像に難くない。一方で,長時間にわたる会談により,外交トップ同士の相互理解が深まり,双方の外交政策がある程度予測可能になったことも確かである。昨年11月,サンフランシスコで行われた米中首脳会談では,両国の懸案事項について協議するため,様々な分野,様々なランクでの対話と交流を継続することが合意されたが,これも,前月にワシントンで行われたバック・チャンネル会談の成果だと思う。以後,米中間では,政府高官を交えた様々な会談が途切れなく行われるようになっている。王毅外相の前任の楊潔篪氏は,別名「虎の外交官」と言われるほど攻撃的な討議を仕掛ける傾向がある。ブリンケン国務長官も攻撃的なタイプである。一方,王毅外相とサリバン補佐官は,この両名に比べ相性が良いという面もあるだろう。
今回の北京会談は,北京の北方50kmにある雁栖湖のほとりで行われた。2014年に開催されたAPECサミット用に建設された会議施設が使用された。夏の暑い盛り,標高1,200メートルの軍都山を控え風光明媚な湖畔の会議場での討議は27日だけで11時間に及んだ。大統領選を控えた会議だけに,何かを決めるというものではなかったようだが,サリバン補佐官は,2019年,フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿し,米中間の競争は,解決すべき課題ではなく管理すべきものであると主張した。米中双方は依然としてお互いに強い警戒感を抱いている一方,両国の関係が大きく改善する可能性は低いとみている。だからこそ,誤解や猜疑による逸脱を回避するための管理,そしてそのための持続的な対話が必要であるというわけだ。
今回の北京でのバック・チャンネル会談を見ると,3つの特徴がある。まず,サリバン補佐官のチームメンバーが相当若返っていることだ。中国に対する思い込みや,偏見あるいは怨念が薄い世代と言える。次に,中国側が異例とも言える対応を見せたことである。サプライズといっても良いが,会議に党中央軍事委員会副主席の張又侠氏が姿を見せたことだ。最後に,習近平国家主席が最終日の29日に会見したことである。そして,両首脳の電話会談を行うこと,11月にブラジルで開催されるG20サミットか,同月にペルーで開催されるAPECサミットのいずれかの機会に対面での首脳会談を行うことが決められた。また10月にラオスで開催されるASEANサミットにハリス副大統領が出席し,習近平国家主席と会談する可能性も取り沙汰されている。
バック・チャンネル外交の割を食った格好となったのが,サリバン補佐官と同時期に北京を訪問した日中友好議員連盟である。王毅外相との会見は,当人が雁栖での会議が長引いたため,40分遅れて始まった。習近平国家主席との会談は実現せず,党中央常務委員序列3位の趙楽蔡氏との会見に留まった。日本側は,ビザなし訪中の実現,福島第一原発の処理水海洋放出に端を発した日本産水産品の禁輸解除など諸々の懸案事項の解決を要請したが,中国側の対応は,日本の「陳情」を「聞き置く」といったものだった。
サリバン補佐官訪中に対する中国側の対応と比べれば著しく見劣りする内容だ。しかも訪中前日,中国軍偵察機の領空侵犯事件も発生した。これは初めてのことだ。サリバン補佐官と王毅外相との会談に,張又侠軍事委員会副主席が出席した際,この件について,何らかの説明があったかもしれない。しかし,もしそうだとすれば,日中間の安全保障問題は,米国に説明しておけば事足りると中国側が考えているということにもなる。
もうひとつ気がかりなのが,訪中団の顔ぶれである。サリバン補佐官のチームが若手を中心に構成されていたのに対し,訪中議員は,85歳の二階俊博氏を筆頭に,最も若いのが小渕優子氏(50歳)である。日中友好議員連盟の世代交代が進んでいないことがうかがわれる。しかも,友好議連メンバー43名のうち,参加したのは10名に留まった。
二階氏は中国の党・党政府と太いパイプを持っていることで知られる。2015年には,観光業界関係者を中心に総勢3千人の訪中団を組織した。同じく彼が組織した2000年の訪中団は5,200人に上った。今回は議員に限定されたものであり単純には比べられないが,中国側の対応を見れば,二階氏の中国とのパイプはだいぶ細くなっているのではないだろうか。
中国の党・政府にとって,日本の重要性は明らかに低下している。外交・安全保障面での対米従属は深まるばかりであるし,中国市場における日本のプレゼンス低下も著しい。例えば,この7月,中国の乗用車市場における日本車のシェアは,12.9%まで縮小した。最盛期が25%であったことから見ればほぼ半減という状態である。昨年の10月には三菱自工が中国市場から撤退した。日系自動車メーカーの今年に入ってからの稼働率は50%程度とも言われる。中国市場での新エネルギー車投入が急務の課題となっているにも関わらず,新たな投資計画の話は聞こえてこない。フォルクスワーゲンやBMWがそれぞれ45億ユーロを投じ,安徽省合肥と遼寧省瀋陽に新たな生産・開発拠点を設立することを公表しているのとは対照的だ。
上海の宝山鉄鋼と日本製鉄の合弁事業である宝鋼日鉄自動車鋼板も,合弁契約の期限到来を理由に,8月29日をもって合弁を解消した。日本製鉄の合弁パートナーだった宝山鉄鋼と同社との関係は,1977年に当時の新日鉄の稲山会長が日中長期貿易協議委員会を引き連れて訪中した際,中国政府からの要請に応える形で,大型の一貫製鉄所の建設に全面的な協力を行ったことに始まる。山崎豊子氏の「大地の子」にも登場した事業である。50年近い両者の関係は過去のものとなってしまった。
今年の通商白書の中に,調達依存度の高い国・地域別に見たリスク認識の詳細という,東京商工リサーチが行ったアンケート調査結果が紹介されているが,中国についてみれば,国家間の緊張の高まりを挙げた企業が70%,貿易制限・関税が50%と他の国・地域に比べ群を抜いて高い。これは,米中関係の緊張の高まり,中国に対する米国の貿易制限措置や,トランプ大統領候補が掲げている対中輸入関税の大幅引き上げを踏まえたものであろう。言い換えれば,日本企業にとって中国ビジネスリスクはなによりも米中対立のリスクということになる。
しかし,米中はバック・チャネル外交を通じ,対立関係の「管理」の仕組みを構築しており,それは相応に機能している。米大統領選挙の結果如何で,この仕組みが変わる可能性はあるものの,日中関係が米中関係に生殺与奪を握られるような状態は決して好ましいものではない。米国の対中政策に右顧左眄することなく,堂々と,したたかに,そして敵対することなく中国に向き合うことが切に求められる。そのためにも,重層的な中国との意思疎通が必要である。また,若い世代の育成と登用も必要だ。嫌中感を持つ層は年齢層が高くなるほど増えてくるが,30代以下の若者の嫌中比率は40%程度とのアンケート結果もある。現役の大学生がバイト先で中国人留学生と一緒に働くケースも多いようだ。彼らには,頭でこねくり回した安全保障観などない。そして,米中対立のリスクというのは,メディアによって増幅された存外枯れ尾花である可能性があることにも留意しておかなければならないと思う。
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