世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3456
世界経済評論IMPACT No.3456

政治活断層,欧州とユーラシアを東西に分断:ウクライナとイスラエルを巡る地政学試論

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2024.06.17

 “From Stettin in the Baltic to Trieste in the Adriatic, an iron curtain has descended across the Continent. Behind that line lie all the capitals of the ancient states of Central and Eastern Europe…All these famous cities and the populations around them lie in what I must call the Soviet Sphere…”

 チャーチルが,この演説を行なったのは,第二次大戦の戦禍も覚めやらぬ,1946年5月のこと。旧ソ連の教科書では,東西冷戦はこの演説から始まったとされる。

 それから53年後,89年11月,ベルリンの壁が崩壊し,米国一強の世界が誕生した,が,それも今や昔のこと。

 現在,世界はウクライナ・ロシア間,イスラエル・ハマス間の激戦が続いている。一度戦端を開いてしまえば「敵の敵は味方」の戦争鉄則が貫徹され,チャーチル流に表現すれば,今や地球儀上の「東経35~36度線」に沿って,北は北極海から南は地中海に至る,欧州とユーラシアを東西に分ける国際対立が再び発生するに至っている。

 北部で発生したロシア・ウクライナ戦争は,ウクライナ劣勢の下,NATOの更なる梃子入れが必然化している。対して,南部で発生したイスラエル・ハマス間の戦闘は,取り扱いを間違えると,シリア,イラン,或はエジプトとの関係緊迫化という,イスラエルにとって鬼門とも言うべき,2正面での戦闘波及へとヒートアップしかねない。

 これら南北いずれの戦争の背後にも,ロシア・グループと米国グループが着いていることは間違いない。つまり,今回の東西陣営対立の一方の極がロシアであり,他方の極が米国という構図は冷戦時代と同じだ。

 しかし,冷戦時には,自由遵奉と資本主義の総本山としての米国,対峙する共産主義と計画経済の本家としてのソ連(当時),それぞれが陣営内で絶対的位置を占めていたが,今では両国とも陣営内における立場を大幅に弱化させている。

 ロシアは,経済力では同一陣営内の中国に圧倒的に凌駕され,悪女の深情け的に中国を己の側から離さない。一方の米国も,今や同盟国と糾合して事に当らざるを得ない立場を,身に染みて感じ取っている。

 そして,この「東経35~36度線」に沿った,いわば政治的活断層の根底には,少なくとも以下の4つの要素が色濃く漂っている。

 すなわち,①従来型の地政学と,その具体的表現である米欧対中ロの対立構図,②その結果として,欧州勢力とユーラシア勢力の実質境界線の再設定,③中東内における,イスラエルの自称“第2次独立戦争”,④こうした状況下で漁夫の利を狙うグロ-バル・サウスの政治的台頭,である。これ以外に,a)ドローンやロボット兵士が大量投入される危険,b)核の使用への脅威,c)テロが欧州やロシア国内に拡散する可能性,d)石油や穀物などの世界交易ルートの混乱等々も想定される。

 先ず①について。北方の戦闘の当事国ロシア,南方の戦闘の当事国イスラエル,それらに自制を説きながら,結局はロシアに引っ張られる中国,イスラエルに引っ張られる米国,という構図が実態だろう。もう少し深掘りすれば,ロシア,延いてはプーチン大統領がそもそも,対ウクライナ戦端を開いたのは,ロシア特有の戦略思想故であった。ロシアは,西境でのNATO勢力の近接を脅威と感じており,NATOとの間に,ある種の緩衝地帯を置くことを最大の外交目標としていた。処が,ウクライナはマイダン革命で一挙に西側に傾斜した。NATOの脅威がロシア西境に及ぶのは必至だ。

 「政治家は自らの信条体系というプリズムを通じて,己を取り巻く内外環境を認識し,自らの政策を創る」(『プーチン,その人間的考察』木村汎著),というプーチン大統領にとってウクライナの離反は,ロシアの安全保障確保を至上課題に据える上で,決して容認できない出来事なのだ。しかし,ソ連の崩壊で,旧東欧諸国は,自らの経済繁栄のため自由市場との関係構築が不可欠と考えるようになり,同時にロシアの勢力圏から離れることでロシアが離反国に牙を剥く可能性も熟知している。それ故,旧東欧諸国は,EUの一員に身を置き替え,出来ればNATOの防壁の中に身を隠したいと念じるようになる。90年代の拡大EUとNATO加盟国の増加は,そんな東欧諸国の熱望に裏打ちされたものだった。皮肉なことにプーチンの外交目標追求は,一層困難なものなっているのである。

 国境線を直接接しないポーランドやチェコならばまだしも,直接国境を接し,元兄弟国ウクライナが,姿勢を転じることは,プーチンの我慢の限界を超える仕打ちだった。だからこそ,2014年,ロシアは早々とクリミア併合を実現させたのだ。

 併合に際し,プーチンは次の様に述べている。「ロシアはウクライナの分割を望まず,これ以上の領土的野心はない,しかし,ロシアは今後も,ウクライナに定住するロシア人,ロシア語を話す人々の利益を護る」と・・・。

 次いで②に関して。「東経35~36度線」を北から南に見て行くと,フィンランドやバルト3国は西側に,ロシアのモスクワやサンクト・ペテルブルグは辛うじて東側に,そしてウクライナの東部はロシア側に組み込まれる位置となっている。

 筆者には,ロシアが「自国の安全保障のためのウクライナ東部侵攻だ」と主張しているのも,ウクライナがクリミア半島に拘るのも,この「東経35~36度線」が,朝鮮半島の休戦ラインのような将来的意義づけを勘案しているかの様に思えて仕方がない。

 その観点で,ロシアが殊更に引き寄せようするベラルーシが,西側に取り込まれかねない東経線上の西に位置しているのも,極めて意味深ではないだろうか・・・。

 この「東経35~36度線」は,トルコを通り,地中海に至る。この地域で嘗てロシアと同盟関係にあったのはエジプト,リビア,チュニジア,アルジェリアなどだが,今では領土の大半が東経線の東側に位置するシリアのみだ。だからロシアは,黒海のクリミア半島,地中海のシリアのタルトース軍港やラタキア空軍基地をどうしても確保し続けておきたいのだ。そして,そのシリアは,隣国イラクへの牽制の意味からも,さらに東に位置するイランと良好な関係を維持し続けている。そして,ロシアも亦,イランとは密接な関係にある。イランは,自国製のドローンをロシアに大量供給し,それがウクライナ攻撃に多用されたのは周知の事実。一方,ロシアもイランに高度な防衛技術を供与しており,両国間には軍事協力関係が成立している。また両国間は,西側金融機関のSWIFTを経由しないで,中央銀行同士が直接決済する協定も締約済みである。

 米国の国家安全保障会議のカービー報道官は,2022年12月に「イランは今や,ロシアにとって一番の軍事支援国になった」とコメントしている。

 イランは近年,中国の仲介で,サウジアラビアとの外交関係を正常化している。サウジアラビアが一時,米国との関係を悪化させたのは周知のことだが,米国の影響力が後退する中,中東ではロシアや中国の影響力が強まっているのだ。こうした中東における米国の退潮が,ネタニヤフ首相が,米国に余り相談せず,ハマスの奇襲攻撃に対する単独反攻に走った大きな理由となっている。

 イスラエルの話が入ってきたので③に移ろう。イスラエルは東経36度線上にある。

 ネタニヤフ首相は,2020年,トランプ大統領(当時)の仲介もあって,アラブ首長国連邦,バーレン,スーダン,モロッコと一気に国交正常化を果たし,直近では,サウジアラビアやイランとも国交正常化に向け交渉に入っていた。故に,ネタニヤフは米国の大統領選挙戦で,肌合いが合うトランプが大統領に復帰するかもしれないという希望的観測を持っているような気がしてならない。ネタニヤフの米国訪問(7月27日)が近づく中,共和党主導で米国議会上下両院での演説が予定されるが,その場で何を訴えるか・・・。

 いずれにせよ,アラブ諸国のイスラエル接近に,パレスチナ問題解決が取り残されると焦りを感じたハマスは,和睦ムードに水を差す行動に出る。今回のハマスのイスラエル奇襲は,こうした状況下で発生した。一方,無辜のイスラエル市民が大量に人質に取られたことで,その開放のために妥協すれば,自身がこれまで進めてきた,安全保障環境構築政策が破綻する可能性に繋がり,ネタニヤフは国内政治的に持たない。更に,ハマスの奇襲攻撃を結果的に容認したような印象を残すと,レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラや,イエメンの親イラン武装組織フーシ等が,第二,第三のハマスと化して,イスラエルへの敵対行動を激化させる危険性も考慮しなければならない。従って,テロに屈して人質解放交渉に入るのではなく,一般人を大量に人質に取るという無法行為を実践するハマスを殲滅することを「大義」とし,対ハマス強硬策をとる。首相として,国の安全保障を何より優先するネタニヤフはそう考えたはずだ。

 ところが,力の差が大きすぎた。イスラエルの武力行使にハマスは圧倒的に押され,その過程で,多くの一般市民が犠牲になった。国際社会はイスラエルを支持する声を上げられず,米欧は即時停戦に拘る。何時とはなしに,イスラエルは国際世論上孤立する羽目になってしまった。

 欧米各紙の報道を吟味していると,現在水面下で進行中の,米国とイスラエルの停戦合意案では,両国が想定する時間軸に大きな差があるようだ。米国は早期の停戦合意を目指し,対してイスラエルは,ハマスの軍事能力を破壊しつくすには,停戦まで早くても年内一杯はかかると・・・。こうした時間差にも亦,大統領選挙が近づいている米国で,次期大統領にトランプが再登場する可能性を見極めたいネタニヤフの思惑の違いが如実に出ているではないか。

 こうしたネタニヤフの,硬直的姿勢に,戦時連立政権を構成していた穏健派野党の党首ガンツ前国防相が6月8日,政権からの離脱を宣言したという。穏健派が戦時内閣から抜け落ちれば,戦時内閣内で極右派の発言力が強まり,「力ではなく外交による解決を」の声が,一層細々としたものになる。だが,それも亦,理屈の行き着くところというべきだろう。今回の反攻は,ネタニヤフの「国家の安全が第一。そのためには,何としてでも強面の政策を追求する」との姿勢によるものなのだから・・・。

 さて,④について。ウクライナ,パレスチナ,この2つの戦闘の絡みでは,グローバル・サウスの動きにも関心を向けておかねばならない。とはいえ,グローバル・サウスに明確な定義があるわけではない。亦,現状では,それらの国々には,集まって一つの組織機構を創り上げるだけの力量もなさそうである。まして,特定の戦争に関し,一つの声で敵対する両陣営にモノ申す立場を取るとは思えない。

 グロ-バル・サウスを,今回の主題である東経線幅に絡めていえば,主関心に据えるべきはアフリカ諸国だろう。「東経35~36度線」を南下させれば,大半のアフリカ諸国が,その境界線幅を境に,西か東に入ってしまうからである。

 国連に依れば,アフリカの人口は2050年には世界人口の4分の1に達するという。また,一人当たりGDPの比較では,幾つかのアフリカ諸国は,既にアジア諸国のそれに匹敵するレベルに到達している。例えば,タイと南アフリカの一人当たりGDPは7000ドル近辺でほぼ同額。エジプトとベトナム,インドネシアも,4500~5000ドル近辺でほぼ同額等々。

 一方,アフリカ諸国に対し真っ先に取り組んだ国は日本だった。日本は1993年,第1回アフリカ開発会議(TICAD)を開催,以後着実に協力の芽を積み重ねてきた。しかし,2000年代に入って様相は一変する。米国・欧州・中国,それにロシアが,アフリカとの協力強化と支援に熱を上げ始めたからである。そうした支援熱の背景には,次の世紀はアフリカの時代だという,将来予測があったことは想像に難くあるまい。

 先ず支援競争に出てきたのは中国だった。2000年10月に第1回中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)を北京で開催して以後,3年ごとにFACACが開かれ,2021年11月にはセネガルで第8回会合が持たれた。2024年中にも同様の会議が開催予定だ。

 中国の進出に危機感を感じたのか,嘗てアフリカに多くの植民地を持っていたEUが乗り出し,2004年4月に第1回EUアフリカ会議をカイロで開催した。直近では第6回会合が2022年2月にセネガルで開催された。ロシアは,第1回ロシア・アフリカ首脳会議を2019年10月にロシアのソチで開き,第2回会合を2023年7月にサンクト・ペテルブルグで開催している。他方,米国もそうした競争に乗り出さざるを得なくなる。第1回米国アフリカ首脳会議は2014年ワシントンで,そして8年後,第2回は2022年12月に同じくワシントンで開催した。

 どの国がイニシアティブを取る会合でも,該当する先進国側が巨額の対アフリカ支援を約束する,そんなパターンが一般化しているようだ。

 言い換えると,米国・欧州・ロシア・中国等の,それぞれのアフリカ首脳会議,或は協力会議では,アフリカ側は米欧や中ロ側の政治的思惑を知りながら,或る意味,“良い処取り”の実利中心的アプローチに終始しているのが実態のようだ。その一例は,2022年3月の国連総会の場で,ウクライナ侵攻に対するロシア非難決議案への投票行動に如実に表れた。2年半前の第1回ロシア・アフリカ首脳会議に参加したアフリカ諸国は54カ国。一方,国連総会でロシアが期待した「決議案に反対」票を投じたのは僅かエリトリア1国のみ。棄権・不参加が南アなど25カ国。決議案に賛成票を投じたのが28カ国だった。しかしアフリカ諸国の実利中心の態度は,ロシアや中国は折り込み済みのことだったのだろう。両国の対グローバル・サウスへのアプローチは,それ程単純ではなくもっと手が込んだものだ。その典型例として挙げられるのが,グローバル・サウスと同じ様な概念の国々を対象とした,別の枠組み「BRICS会議」の活用である。

 BRICSの第1回首脳会議は,同じレベルの国同士の経済的利益を摺り合わせる目的で,2009年に開催されている。設立時のメンバーはブラジル,ロシア,インド,中国の4カ国。2011年には南アが加わり,2024年からは,エジプト,エチオピア,イラン,サウジアラビア,アラブ首長国連邦が加わっている(アルゼンチンは政権交代で,参加を見送った)。このBRICS首脳会議のメンバーには,アフリカにおけるグローバル・サウスの雄,南アが座を占め,ロシアと中国は勿論,エジプト,イラン,サウジアラビアといった,本稿で記述してきた国々も勢揃い。加えて,ウクライナ戦争以降,ロシアに急接近しているインドもメンバー・・・。逆に言えば,会議の場に米欧の姿が皆無だ。

 “グローバル・サウスを主体とする場作り”では,ロシアと中国は米欧の先を行っているのだ。2024年の新規メンバーにイランとサウジアラビアをセットで受け入れたことは,中国が恐らくは根回し,各種外交アジェンダへの対処,或は,成果報償の場として活用している実態が滲み出ているではないか・・・。

 そのBRICSの場で,南アやエジプト,インドは,「ウクライナ戦争は我々の戦争ではない」という姿勢を取っている模様。何故か。それは,米欧対ロシア・中国の対立色が強まる国際政治の中で,南アやインドなど,グローバル・サウスの代弁者を自認する国々が自国利益追求の声を公然と挙げる余地を与えているからだ。つまりそれは,ロシアと中国が主役の座を取っている会議の場だからこそ出来る,大局的に見て,グローバル・サウスを米欧から切り離すという意味でロシア,中国の戦略意図と合致しているからこそ可能な芸当なのだ・・・。

 そしてそれは亦,中国をして,ウクライナ戦争への独自の和平提案支持に向け,グローバル・サウス諸国の支持を得る根回しの場にもなり得るのだ。

 6月初旬のニュースでは,中国がブラジルと共同で作成した,ロシア寄りのウクライナ和平提案への賛同国が,100カ国を超えたとのこと。こうした賛同者掘り起こしにも,当然に,このBRICSのフレームや,或は,中国・アフリカ協力フォーラム(FACAC)での付き合いが,ものをいっているのは疑う余地もない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3456.html)

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