世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.570

「歴史の逆襲」と西欧

田中素香(東北大学名誉教授,中央大学経済研究所客員研究員)

田中鮎夢(中央大学 准教授)

2016.01.11

 2010年代EUウオッチャーの眼はユーロ危機,つまりユーロ圏に注がれていたが,昨2015年の難民大量流入,フランスでの2度にわたるテロ事件によって,視角の転換が必要になった。どこへどう転換すべきであろうか。

 戦後の歴史はソ連崩壊の前と後に分けられる。前期の冷戦時代には,「現在」と「未来」が闘っていた。「現在」とは資本主義,「未来」とは共産主義である。闘いは米ソ対抗を中軸に世界規模での総力戦であった。

 戦争を根本的に反省した西欧と日本は反戦平和主義・民主主義,そしてIMF・GATT加盟国として国境の引き下げを進めた。西欧では超国家的にEC(欧州共同体)によって国境を部分的に廃止し,日欧共にポスト・モダンの社会を作った。米国はコスモポリタン的ナショナリズムの路線でポスト・モダン諸国を防衛した。他方,第3世界の一部では「米ソ代理戦争」も行われ,軍事力とイデオロギー,それに援助合戦が衝突した。

 ソ連崩壊後,「現在」が世界を支配し,「歴史の終わり」と自賛した米国の自己陶酔(ユーフォリア)の時期が10年余り続いたが,ブッシュ(子)政権のイラク侵攻後の治安維持の崩壊によって,そして新興大国BRICの急成長によって,ユーフォリアは色あせ,リーマン危機・グローバル金融危機によって最終的に終焉を迎えた。

 そして今,「現在」は「過去」と向かい合っている。第1は「未来」を代表していたはずの超大国である。ロシアはプーチン大統領の下でナショナリズムと防衛的膨張主義の「過去」へと戻り,中国のナショナリズムも20世紀前半の帝国主義を思わせる。原油価格の暴落や経済構造転換不況に直面しており,いずれも2016年の大きな不安要因である。

 もっとも深刻に「過去」と直面させられているのが西欧である。田中明彦東大教授は日経経済教室(1月6日)で,中ロの地政学的軍事行動と並ぶ2016年の世界の不安要因として,過激派組織「イスラム国」とテロ組織呼び込み(現にあるいは将来)の脆弱地域(アフガン,イラク・シリア,イエメン,ソマリア,リビアからアンゴラへ至るアフリカの南北ラインなど)をあげているが,それら諸国を植民地として搾取・収奪した英仏両国はISの主要な報復相手国となり,また大量難民の流入に悩まされる事態が16年にも続く。

 ドイツは欧州大陸周辺国の植民地化・従属国化を進めた。それら諸国のかなりの部分は今やEU加盟国となって,ドイツ経済の強大化を支えてはいるが,ポーランド,ハンガリーを先頭に,事実上の「EU大統領」メルケル首相の難民受入政策に公然と反対し,EUの統一的な難民政策への進展を阻害している。とはいえ,東欧諸国も人口減少,少子高齢化に直面しており,移民・難民の受入はやがて不可避となるであろう。

 「未来」が崩壊して「過去」が復活し,「現在」に報復を始めた。「現在」も情勢の根本的な転換に対応して変わらなければならない。ポスト・モダンの幻想に浸っていても将来は開けないどころか,危険が増大するばかりだ。とはいえ,植民地から独立した諸国の多くは1970年代から次々に飛躍的な成長を遂げて「過去」を清算し,「現在」へ移行したか移行しようとしている。「過去」に執着するのは,超貧困を抱えるか政府が統治能力を欠く脆弱地域なのである。

 西欧にとって,米ロなどと協調してテロ対策を格段に強化する政策と並んで,脆弱地域に対する世界規模の支援体制を変革し効力を高める必要がある。この点で,米国のトランプ氏のような排外主義者が大統領になれば,「過去」の思うつぼだ。フランスの排外主義政党・国民戦線の党首マリーヌ・ルペンの権力掌握も許してはならない。後者との関連で,2016年のEU・ユーロ圏の経済成長の回復とそのための政策強化が切に望まれるのである。

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