世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
国民的議論不足のまま執行される政策の多さに疑問
(高崎経済大学 名誉教授・(公社)日本地理学会 元会長)
2024.04.22
1.地域開発関係行政職員・研究者・学生も認知していない第3次国土形成計画
第3次国土形成計画(全国計画)が2023年7月に閣議決定された。国土形成計画は国土形成計画法に基づき,今後概ね10年間の国土政策の基本となる計画である。また,全国計画の議論を踏まえ,次期広域地方計画が2022年度より8圏域で策定されつつある。この計画は全国民が認知し,その実現に向けて協力すべきものである。特に自治体の企画・都市計画部門担当者や国土計画・政策研究者・学生などはその形成過程や計画内容を認知していなければならない。国のかたちに責任を持つ政権は国民への周知を図る責任がある。しかし,某有名大学で国土計画に関する講演を研究者・学生・専門家にした際,第3次国土形成計画(全国計画)を認知するのは約百名中数名でしかなかった。
こうした状況で果たして持続可能な国づくり・地域づくりができるのであろうか。高等学校『地理探究』では「現代日本に求められる国土像」を初等中等教育で学んだ知識を総動員して生徒が考えることになっているが,次代を担う人材養成も難しい。
1998年閣議決定の『21世紀国土のグランドデザイン(第5次全国総合開発計画)』までは計画の審議過程が随時マスコミに取り上げられ,国民的議論がわき起こった。その結果,全国知事会などの意向を受けて計画内容が変更されもした。そこでは時間の経過と共に多くの国民が計画を認知し,自分ごととして捉え(同化),議論の結果あるべき方向へと意見(行動)を述べる姿があった。
2.効果を期待できない「異次元の少子化対策」
政府は今,子どもを持つ家庭に経済的援助をすれば少子化が解決すると「子ども・子育て支援金」の必要財源を,健康保険料に上乗せ徴収する法案を衆議院で審議している。首相はこの上乗せ徴収を実質的な国民負担にならず増税でもないと繰り返すため,政府がまたお金を配ってくれると期待する国民が多くいる。他方で,国民の多くは支援金で少子化が解決するとは考えていない。
少子化の本質は何か,どうしたら少子化を防げるかの国民的議論を充分に尽くしたといえるだろうか。単身世帯が高齢者のみならず,未婚の若い人々も年々増加している。その中には結婚希望があってもネット社会になり,人間関係の希薄化から出会い・交流の機会を持てないでいる人も多い。また,かつては気軽に紹介し合っていた周囲の人もセクハラ・パワハラと取られることを恐れ,我関せずとなり,当事者も自分の意思を他人に伝えなくなった。そこで有料結婚紹介所に依頼するも,学歴・職歴・年収などで序列化され,挫折感を味わい,孤立する人もいる。
他方で,結婚した若い人達も自分達の将来には年金がなくなるかも知れない,子供を産んでも責任が持てないと考え,経済的に豊かな人達でも子どもを持たないと決めている人達を目にする。一般的に経済が豊かになると少子化が進むものである。しかし,誰もがいずれ高齢になり,死を迎える。どんなに経済的に豊かな人でも最期は誰かに頼らざるを得ない。その時,次世代の人々が少なければ,誰に老後や死亡時の手続きをしてもらえるのか。
3.国民に自分ごととして認知・同化・行動を促す政策形成を
日本は世界に冠たる豊かな国であり,物事を真摯に判断できる教育レベルの高い国民からなる。私達が行動するには大きく3段階がある。まず,問題とその要因等を認知することが第一段階となる。次いで,そうしたいと思い,同化することが第二段階である。その上で,自分ごととして問題解決に向かって行動することになる。政策遂行にあたり,この認知→同化→行動を国民が踏めるだけの情報と時間を十分に示し,特に認知・同化の過程で議論を尽くす必要がある。
この10数年,多くの国民にとって人口減少・安全保障・教育・外交など国の方向性を左右する重要政策がいつの間にか決められ,実施されてきたと感じている。否,その様になって国が動いていると理解している人が少ないといえよう。デジタル時代となり,スピードアップを求められる時代に十分な審議や国民周知を図る時間はとれないという。しかし,それは詭弁である。国民への広報に努め,十分な情報に基づく国民共有の問題意識と国家ビジョンを政府が示し,それを基に,それぞれの課題を国民がそれぞれ自分ごととして考え,広範な国民的議論によって政策決定されるシステム改革を行うべきと考える。
民主主義を維持発展させるには議論や手続きに時間がかかるものである。何でもトップダウンでなく,多くの国民が認知・同化を踏まえて行動できるよう,議論を尽くした政策形成を望みたい。
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