世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3377
世界経済評論IMPACT No.3377

日本の経済構造をタテ型からヨコ型へ変革する:中堅企業が中核のイタリアビジネスモデルに学べ

小林 元

(元文京学院大学 客員教授)

2024.04.15

 私は先の拙稿(2024年1月15日付けNo.3254)において1970年代東レが開発した人工皮革をいまだ欧州にほとんど輸出実績がないにもかかわらず,当時の藤吉次英社長がこの商品を欧州市場に売り込めるのは「イタリア式ビジネスモデル」だと確信し,役員会でのいくつかの反対意見を押し切って,イタリアにAlcantara 社を設立し,25年かけて「イタリアNo.1の中堅企業」と現地で評価されるまでに育成することに成功したと書いた。

 今,日本では春闘で久しぶりに全体で5.3%,中小企業で4.4%(中間集計値}の高い賃上げが実現し,失われた30年の停滞から脱皮する契機になるのではないかと注目されている。この議論の過程でしばしば指摘されるのは,大企業が高い賃上げを実現できても労働人口の約70%を占める中小企業労働者にどの程度まで賃上げが波及するのかという点である。かつてアベノミクス政策では,いわゆる「トリクルダウン理論」がとられ,「大企業が富めば,下請けの中小企業にも富が零れ落ち潤す」との考え方が採用された。

 しかし現実はそう甘くなかった。業種によってはこの下請け構造は第一次下請け,第二次,第三次,時には第四次にまで及び最後の段階になると会社の規模は多くが数十人となり,今春闘でも1%台の賃上げができるかどうかというのが実情といわれている。

 政府もようやくこの点に気付き,末端まで収益がいきわたり適正な賃上げができるよう「パ―トナーシップ構築宣言」を出し,下請け企業がコストアップを納入価格に転嫁できるよう環境作りを始めており,下請けからの値上げ交渉に応じない10社の企業名を公表したりしているが,この程度の施策でこの下請け構造が抜本的に変わるような生易しいことではないと私は考えている。

 上にのべたように東レは1970年代半ばにイタリアに合成皮革製造販売の会社を設立し,藤吉社長の戦略に従い,生産については東レの生産のノウハウを供与するが,マ―ケティングをはじめディリーオペレイションは全てイタリア人に任せ社長もイタリア人とした。私は14年間この会社に副社長として経営に参画してきた。

 この会社は年商300億円前後,従業員600人前後のいわば「中堅企業」であって,しかも作っている物は家具や自動車に使用する合成皮革でいわば中間財である。日本であれば中小企業に属し,最終製品を作る大企業に納品する「下請け企業」に組み入れられ,納入価格はたたかれることになっていたと思う。

 ところがイタリアでは,最も斬新な製品を開発し高い成長を遂げているのは大企業ではなく,従業員が数百人規模の中堅企業である。イタリアでコンサルタントをやっているある日本人が嘆いていた。「当地の企業に日本から出張してきた企業の方は決まってわが社の売り上げは何兆円という大企業で,ということから話を始める方が多いいのですが,イタリア企業の人にはむしろネガテイブにとらえられていることがわかってないようですね」と言っていた。

 ではなぜ中堅企業が高い競争力を持っているのか。彼らがよく言っているのは「我々は物を売っているのではない。楽しいライフスタイルをブランドを通じて消費者に提供しているのだ」と。そのために彼らは何か新しい生き方のアイデアがないか常に血眼で探しており,アイデアを見つけるとまず社内で役職の上下にかかわりなく徹底的に議論し,必要と考えればその分野のプロの社外コンサルタントを社内の議論に引き入れて構想を固めてゆく。会社が社外の知に開かれているのは注目に値する。会議の場では課長が社長の考えに異議をとなえてもかまわない。研ぎ澄まされたベストな案が出ることが最も重要であって上司の面子をたてることは二の次と考えられているようだ。これだという案が固まれば社長が即決し,直ちに実行案の作成にかかる。作成にあったては,その商品を作り上げるために提携する会社を決めるが,彼らは提携先を「パ―トナー」と呼び「サブコントラクター(下請け)」という言葉は使わない。お互いに平等という考え方である。

 大きな組織にぶら下がって生きるのはイタリア人がもっとも嫌うことである。

 このビジネスモデルはアメリカのビジネススクールでは「design of life oriented business model」などと呼ばれているが,このモデルと日本の大企業に下に何層もの下請け中小企業が組み込まれたモデルの根本的な差異は,イタリアでは企業と企業はヨコの関係に位置しているのに対し,日本はタテの関係にあることである。

 イタリア式構造の下では,企業は常に他社が供給できない独創的な商品を生み出し,高値で売ることを目指している。したがって本文前段で述べた日本が今遭遇している「中小企業には大企業の収益がなかなか滴り落ちてこず,賃上げも大企業並みにはならない」という問題はほとんどみられないということである。

 以上は私が実際にイタリアの中堅企業のマネジメントに入り込んで見聞きしたイタリアの成長している中堅企業のビジネスモデルの実態である。

 日本でも最近のスタートアップ企業において,イタリアに近いビジネスモデルを採用して躍進しているいくつかの例を聞く。日本もビジネスの根本構造を従来のタテ型からイタリアのようなヨコ型に変革する時がまさに来ているのではないか。そのような根底からの構造改革にいま取り組まないと欧米型の真の「イノベーション」を生み出すことは出来ないのではないかと私は危惧している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3377.html)

関連記事

小林 元

最新のコラム