世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本はムラ社会のタテ構造からヨコ構造へ脱皮する時:政策決定を公の場で透明にかつ迅速に行う
(元文京学院大学 客員教授)
2024.12.30
私はイタリアの中堅企業で14年間副社長として経営に参画してきたが,そこで最も驚いたのは,会社経営の戦略が,管理職以上が参加する会議の場で喧々諤々の議論の末に決められることであった。課長が社長の考えに異を唱えても構わない(もちろんいい方には配慮するが)。
これに対し反論があちこちからあびせかけられるが,それに耐えうるような主張であれば,会社の戦略として本格的に取り上げられることになる。
彼らの根底にある考え方とは「会社の役職の面子は二の次で,会社のために本当に良いものなら,誰の提案であれ採用する」という姿勢である。
そして驚くのは,早い時はその場で,遅くとも数日中には決定し,すぐさま実行に移すのである。市場は常に動いており,よい案はすぐさま実行し,果実は素早く取りに行く。
こうでなくては一流企業の地位は保てない激しい競争社会なのだ。
つまりイタリアの成長している中堅企業では,タテ型構造社会ではなくヨコ型構造社会になっているということだ。
私は日本の高度成長期に海外事業を管理する立場にいた者だが,当時30代半ばで課長職にあった私の提案,すなわち,開発途上国に進出したが不採算で回復の見込みのない企業は精算すべしとの提案が海外事業部門会議で議論の上承認され,いくつかの修羅場を乗り切って3社の精算を行ったのである。
1970年代の高度成長期では,まだこのように役員,部長,管理職が出席している公の場で議論が戦わされ,戦略が決められていたのである。活発な議論によって考えが研ぎ澄まされ,かつ透明に意思決定がなされていた。
ところが1980年代の後半になって “JAPAN as No1” ともてはやされたころからであろうか,日本社会では,社会の根底に昔からあったあの伝統的な「ムラ社会」のタテ型の決定方式が復活してきたようである。そこでは長(おさ)がでんと真ん中にすわり,その周りをゴマすりの「取り巻き」が囲み,自分たちが最も現状を分かっているとの考えのもとに,ムラの意思決定は車座になった彼らの間でナアナアの形で決められ,決まったことだけが一般層に伝えられ,実行を命じられる。これでは下の者がしらけてしまうのはあたりまえであろう。
今年話題になった自民党のパ―ティー券の裏金問題にしても,ある自民党議員は「これだけの枚数を売れとノルマが上層部から指示が来て,その達成具合が党の役職を決める大事な要素になっているのだから,励まざるを得ないんですよ」と実情を訴えていた。
経済界でも多くの会社の戦略はトップとごく一部の取り巻きによって決められ,ビジネスの現場の声は反映されない構造になってしまっているようだ。決められた戦略に異を唱えようとする者はたちまち左遷されるという声を聴いている。異を唱えるような肝っ玉があり,かつ学んでいる人間は遠ざけられてゆく。見解が異なった者同士が公の場で議論を戦い合わせ,より良いものを生み出してゆくという姿勢がそこにはない。実はそうした激しい議論の過程を経てイノベ一ションというものが生まれてくるのだが,その過程が無視されているようだ。これでは会社が成長していくはずがない。海外ではこうした論争の過程を経て,革新的な技術が生み出されていくというのが常識になっている。今の日本ではいつの間にかそのようなやり方は影がうすくなっているようだ。日本経済が30年間も停滞している大きな要因がここにあるように私は思う。
あの1970年代の高度成長を牽引していたたくましい野心,激しい議論をいとわない闘争心を取り戻そうではないか。最近数を増してきたスタートアップ企業では,新規事業開発プロジェクトの中に社長がメンバ―の一員として入り込んで議論に参加している例があるときいている。又,日本の政治もようやく変わりつつある。従来は議会の過半数を握った与党のごく限られ人間が政策を決め,議会はそれを追認する機関にすぎなかったが,少数与党となった今は,議会の場で野党と議論を交わし,承認を得なければ,ことが進まなくなっている。あの最も保守的と言われていた政治が変わりつつあるのだ。経済界もしかり。日本社会の伝統的なタテ型構造をbreak through(ぶち破る)動きが各所で既に始まっている。
いま注目を浴びているホンダと日産の経営統合の話もまさにその典型的な例であると思う。「ワイガヤの盛んなヨコ型構造のホンダ」が「タテ型構造の日産」を如何に変革してゆくのか。これからの展開が見ものである。
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