世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
大胆な技術革新を生み出す為に日本をヨコ型社会へ
(元文京学院大学 客員教授)
2024.07.01
日本がヨコ型社会へ変わる兆しがみえてきた。
前掲の拙稿「日本の経済構造をタテ型からヨコ型へ変革する―中堅企業が中核のイタリアビジネスモデルに学べ」(4月15日付け No.3377)に対していくつかの反響があり,その中で「総論としては興味ある提案だが,具体策が書かれていない」という批判をいただいた。筆者としては字数の制限があったので「最近のスタートアップ企業に既に取り入れられている」と述べるにとどめていた。
最近のIT関連企業を中心とする20-30代の起業者たちは,事業立ち上げの時必要な資金を過去のように大企業の下請けという形で調達するのではなく,大企業をパートナーとして提携する事例が多くなっているという。魅力ある新技術を持っていれば,提携を求めてくる大企業は複数あり,対等の,あるいは優位な立場で提携できる状況が見られるようになってきた。これはまさにイタリアのヨコ型の提携モデルに近いものが日本にも起こってきているということである。今まで日本の社会には「寄らば大樹の陰」というタテ型思想が支配的であった。これが日本に多層型の下請け構造を生んだ原因なのだと思う。
この思想を覆す大きなうねりが今,日本経済の底辺で起こりつつあるのではないかと筆者は考えている。
その変革を巻き起こしているエネルギーは,現在世界経済へ怒涛の如く浸透しているIT技術である。
今まで経営情報は大企業の経営層に集中していて,それをべースに新しい技術が生みだされた。したがって人々は大企業とその下請けで働いた。ここでは経営者と従業員はタテの関係になっている。ところがIT革命は従業員にまで経営情報にアクセスすることを可能にした。有能でやる気のある従業員はこれらの情報をもとに個人で新しい製品を生み出す技術を考え出して,社外にて自ら事業化に乗り出すようになった。これが世にいうスタートアップ企業群である。こうした現象は企業内にも当然及んでいる。社内には意欲があってIT技術を身に着けているか,またはリスキリングしてこの技術を身に着け,より大きな付加価値を生み出せる人と従来型の人とがいる。企業が成長を望むなら,前者の人々を活用するしかないから,年功序列制度を廃止して,生み出した付加価値に応じて人を評価し給与を決めざるをえなくなってくる。いわゆるJOB型評価制度である。このことは,会社が自分の成果を正当に評価すれば,残留するが,しなければ,しかるべき評価をする社外に雇用の機会を求めるという従来の「会社人間」とは異なる「自立型の社員」が特に20-30代に出てきていることを示している。それがこの層の離職率が高く,かつ従来と異なり離職後の給与が従来より上がっているというデータに示されている。
従来日本では,ビジネスパースンの勝ち組とは,一流大学―大企業―管理職―役員というものであった。しかし,今生まれつつある「自立した社員」は,自分の能力が評価され,より高い給与が得られ,ワークーライフバランスを取りながら自分がやりたい仕事ができる場が提供されるならば,有名大企業社員の名などあっさり捨ててスタートアップ企業に転職してしまう。「人が企業を選ぶ時代,つまり人と企業がヨコの関係」になりつつあるということである。これはまさに私が前掲の拙稿で述べた「イタリア型のビジネスモデル」に近づいているということだ。こうした流れは経済の基本的構造の中核部で起こっているから,日本経済の基本的なあり方を徐々にではあるが変革すると筆者は考えている。この動きはまだ経済活動の水面上にあまり出ていないので目立たないが,5年,10年後には大きな潮流になって来ると思う。福沢諭吉が唱えた「独立自尊」の考え方がようやく日本人の間にも本格的に根付こうとしているのではないか。
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