世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3332
世界経済評論IMPACT No.3332

国による格差が大きいASEANの貿易円滑化の実効性

石川幸一

(亜細亜大学 特別研究員・ITI客員 研究員)

2024.03.11

 物品貿易の拡大には貿易の自由化に加え貿易の円滑化が必要である。貿易円滑化は,貿易コストの削減と所要時間の短縮,透明性の向上,手続に関連した行政の効率化を目的とする貿易(輸出入および通過貨物)手続きの簡素化,標準化,現代化を意味する。貿易円滑化は貿易自由化が進展した後に取り組まれているのが普通だ。ASEANも同様であり1993年からAFTAによる関税削減と撤廃により貿易自由化を推進した。ASEAN域内貿易の平均関税率(2017年)はASEAN6(ブルネイ,インドネシア,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイ)は1.8%(加重平均,以下同じ),CLMV(カンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム)は2.7%となっており,ASEAN全体では2.0%と自由貿易地域を実現している。

 ASEANが貿易円滑化を課題としたのはASEAN経済共同体(AEC)2015であり,本格的に推進したのは2016年に始まったAEC2025である。1992年に調印されたAFTAを実施するための「共通効果特恵関税協定(CEPT協定)」には貿易円滑化の規定はない。しかし,2008年に調印された「ASEAN物品貿易協定(ATIGA)」には貿易円滑化の詳細な規定が置かれている。AEC2015では,ASEANシングルウィンドウ(ASW)の設立協定が調印され,ASEAN税関貨物通過制度については関連する議定書の作成や調印が行われ,原産地証明の自己証明制度のパイロットプロジェクトを開始するなど貿易円滑化を進めるための協定や制度整備などが行われた。

貿易円滑化の実施態勢を構築

 AEC2025では貿易円滑化を本格的に行う態勢が確立されている。貿易円滑化の基本計画となる「ASEAN貿易円滑化枠組み(ATFF)」が2016年に採択され,具体的な行動計画である「AEC2025貿易円滑化戦略的行動計画(ATF-SAP)」が2017年に決定されている。また,行動計画の実施を管轄する機関として「ASEAN貿易円滑化合同協議委員会(ATF-JCC)」が2016年に設置されている。

 ATF-SAPは,①貿易取引コストを2020年までに10%削減,②2017年から2025年の間にASEANの域内貿易を倍増,③世界経済フォーラムグローバル競争力レポートなどのランキングの改善の3点を目標としている。また,具体的な行動計画の目標として①貿易円滑化措置実施加速,②シームレスな物品の移動,③非関税措置(NTM)への対処,④民間セクターの関与,⑤部門別機関の制度的調整,⑥後発開発加盟国の関与拡大,⑦モニタリングの改善の7つをあげている。

 ASEAN加盟国は,2017年2月に発効したWTO貿易円滑化協定に参加している。貿易円滑化協定は,物品(通貨物品を含む)の移動,引取りおよび通関が一層迅速に行われることを目的として1994年GATTの第5条(通過の自由),第8条(輸入及び輸出に関する手数料及び手続)および第10条(貿易規則の公表及び施行)の規定を明確なものとし,改善することを目指している。WTO貿易円滑化協定は,開発途上加盟国及び後発開発途上加盟国に対する特別なかつ異なる待遇の規定を規定しており,CLMは協定実施の移行期間や国際機関などの支援を受けている。WTO貿易円滑化協定の実施はATF-SAPの①貿易円滑化措置実施加速に含まれている。

着実に実施される貿易円滑化

 AEC2025は現在行動計画を実施中であり貿易円滑化についての全体的な評価は発表されていないが,経済大臣会議での報告などをみると主要な課題で着実に前進していると評価できる。たとえば,貿易手続きを電子化しASEAN各国間で接続するASEANシングルウィンドウは2019年には6か国で原産地証明の電子的交換が行われており,2020年には遅れていたフィリピン,カンボジア,ラオスが参加し全10か国で運用が始まった。原産地証明の自己証明制度の導入は2010年から進められており,シンガポールなど5か国が参加する第1認定輸出者自己証明制度とインドネシアなど5か国が参加する第2認定輸出者自己証明制度が実施されていた。2つの自己証明制度を統合しASEAN全域で実施するためのATIGAの第1改訂議定書が2019年1月に調印され2020年9月に発効している。

 税関が法令遵守に優れた事業者を認定し,通関手続き上の便益を与える認定事業者(AEO)制度は2019年12月にフィリピンがAEO制度を立ち上げ,2023年時点で全加盟国が導入している。AEO認定業者を他国でも承認するのがAEOの相互承認であり,ASEAN内での相互承認のための「ASEAN認定事業者相互承認取決め(AAMRA)」は全10か国により調印されている。

 3か国以上での越境輸送においてトランジット通関を行うための制度であるASEAN税関貨物通過制度(ACTS)の稼働に向けての法的整備と準備が進んでいる。ACTSを実施するためのASEAN通過貨物円滑化に関する枠組み協定(AFAFGIT,2000年発効)の第7議定書(2015年調印)は,2019年初時点で全10カ国が批准しており2020年11月2日に開始された。

国により大きく異なる実施状況

 ASEANの貿易円滑化については,国により実施状況や運用の面で格差が極めて大きい。2023年の世界銀行の物流パフォーマンス指数(LPI)によると,シンガポールは世界140か国中の第1位に評価されているが,カンボジアは116位,ラオスは120位である。マレーシアは31位,タイは37位と中位の上評価だが,インドネシアは63位となっている。企業の見方などを総合するとASEAN各国の貿易円滑化の実施状況は次の4つのグループに分けられる。①国際的に世界でもトップクラスの評価を受けているシンガポール,②日系企業が概ね問題がないと評価するマレーシアとタイ,③制度は構築されているが現場で問題が多いインドネシア,フィリピン,ベトナム,④国際的評価や企業から多くの問題点が指摘されるカンボジア,ラオス,ミャンマー(CLM)である。

 CLMを含め貿易円滑化の制度的な整備は進んでおり,今後は実効性を高めることが課題だ。そのためには,貿易円滑化に関連する人材育成や教育訓練,ICTインフラの一層の整備,ASEAN域内の協力の強化を進めるべきである。ASEAN域内協力を進めるとともに対話国や国際機関による支援が依然として重要である。

付記:ASEANの貿易円滑化の現況と課題の詳細については,石川幸一(2024)「ASEANの貿易円滑化:現況と課題」,ASEAN経済統合の発展と日本企業への影響およびFTAの利用状況分析調査 ITI調査研究シリーズ No.150,国際貿易投資研究所,を参照下さい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3332.html)

関連記事

石川幸一

最新のコラム