世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3302
世界経済評論IMPACT No.3302

博士専門人材の比較考察 現場大量導入の効果分析:新事業立ち上げの即戦力として

白藤 香

(SPCコンサルティング株式会社Labo 所長)

2024.02.19

 「学び直し」政策で人材投資が始まるも,企業も個人も「どんな専門能力を仕込み研鑽を続ければ息の長い事業を生み出せるか」について明確なビジョンを描けていない。例えば,IT業界では世界標準運用で,特に英語圏では数十年前から「出来合いソフト」契約市場が主体だ。しかし,日本市場では未だに「ECサイト・HP作成します」の大量広告が検索表示され世界との格差を痛感する。最近では最先端事業の遺伝子解析会社大手の株価が大暴落した。原因背景に「AI導入でDB事業モデルに嫌気」とあり,新事業の栄枯盛衰が全く読めない。幸いにして日本企業には数百年間も続く事業モデルと営みがある。双方にはどんな違いがあるのか。本稿では「専門人材と深みある熟練能力」に焦点を当て,新しい事業価値の生み出し方と現場の人材能力の格差について論じる。

成功事例考察

 日本企業法人は地域や事業規模に関係なく,優秀な熟練専門人材が居ると新市場展開を生み出す潜在能力が極めて高い。

1)発酵事業

 前掲のコラム(No.2702)でも紹介したが,日本全国には発酵事業があり「専門知能力」が高度習熟しているため,地域の独自性を活かした市場拡大が盛んである。ある地方企業に電話を入れ専門人材に取り次いでもらいアイデアを提案,その後想定通りの高度技術加工ができ,現在は新事業準備段階に至っている。

2)農業事業

 ある地域の農協に連絡を入れ,独自加工技術を持つ事業に対して市場拡大を提案。特産農産物が有する効能の一部を紹介しご理解,その後産業界に働きかけ,規模は小さいが全国市場展開の事業に成長途上となっている。

新事業成否の要因

 多くの新事業において,成否の鍵は専門人材とその深みある能力に由来する。事例から解るように事業企画はアイデアによって決まり負荷は少ないが,その実現のためには「専門人材と深み考察のある熟練能力」が必要不可欠で任務負荷は重たい。ところが最近の国内事例では,事業の上流工程に専門人材を配置し多額のコストをかけるが,実現するための力仕事を担う現場の専門人材育成と能力研鑽は手薄になりがちで,新価値創出や市場拡大には頭打ち感が見られる。大手企業の安定ある既存事業でさえ,市場で信頼に穴を開ける失速状況を引き起こしている。

「安直短」思考の功罪

 長年海外企業との比較考察から日本企業の秀悦さに「高度専門人材の熟練」が挙げられる。多くの産業で「深みのある専門能力と引き出し多い豊富な知識」を持つ高度専門人材が,持続継続的な新価値創出を担ってきた。

 直近で一番解り易い失敗例に「製薬事業」が挙げられる。これまでは化学や薬学の学識があれば事業が営めたが,現在は「免疫細胞」「核酸」が主体となり,分子生物学,生化学,ゲノム医療学等各専門分野のエキスパートが奥深く関わりバイオ創薬事業を牽引している。商材の中身は生涯をかけた選りすぐりの研究成果や導入技術がほとんどで,有名どころはノーベル賞も受賞している。北米の成功事例では博士号取得の専門人材が,研究開発だけでなく製造工程から薬事承認まで広域な現場に多数配置され,専門性高いJOBを素早く遂行している。他方,日本の製薬業界は世界市場で活発にM&Aも市場性収益性では道半ば,現在も奮闘中である。日本の医療は社会事業であるため,研究開発型事業へと仕上げるためには,事業者側の各工程に博士人材投与が不可欠だができておらず,修士では専門能力不足と問題視されている。学術界での博士課程人材育成不足が指摘されるも,本業界や研究分野では中堅研究者の海外流出が数十年前から顕著で,かつ日本人専門研究者の流民も多く,かつての大学法人経費ポスト削減等によるダメージが色濃くみられる。

まとめ

 海外スタートアップ企業が行う最先端分野の新事業推進では,必ずと言っていいほど博士号取得の若手専門人材が役員に多数在籍し,事業企画から具体的な商品企画,市場立上げから手続き承認までをスピード感持って取り組む現場事例が一般的である。新市場形成では専門性高い商材を解り易く使い易く導入しなければならないため,製品企画に習熟した専門知識を有する博士人材の活躍が際立つ。頭脳労働者でもあるため合理的で筋に無駄なく企画提案と商材解説ができる特性も強みと言える。

 他方,数百年間も息の長い経営を続ける日本企業にも,論理性高い企画と効率的運用を可能とする習熟知を代々引き継ぐ経営者や熟練技術技能を有する職人が居るため,新事業企画を短時間でパワーアップし立ち上げることができるのではないか。

 以上のことから,新事業を論理的に企画し市場遂行できるのが学術研究者であり,最短最速で高度専門仕事をこなす人材にもなり得るため,今後より一層の活躍が期待されている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3302.html)

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