世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3298
世界経済評論IMPACT No.3298

頼清徳・蕭美琴が台湾総統・副総統当選の意義:台湾の有権者の選択と各国の反応

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.02.12

 2024年1月13日の台湾総統選挙の結果が当日に判明した。中央選挙委員会選挙情況センターの投票票数の集計結果,与党・民進党(民主進歩党)の候補者の賴清德・蕭美琴ペアは558万6019票(得票率40.05%),最大野党・国民党(中国国民党)候補者の侯友宜・趙少康ペアは467万1021票(同33.49%),第2野党・民衆党(台湾民衆党)候補者柯文哲・吳欣盈ペアは369万466票(同26.46%)であった。

 賴清德・蕭美琴ペアが第2位の侯・趙ペアより91万票を超える票を獲得し,第16期総統・副総統に当選。今回の選挙における投票率は71.86%であった。

“8年の呪い”を打破

 総統選挙の翌日,民進党よりの新聞紙『自由時報』は一面で,「中国による選挙介入失敗。民進党は“8年の呪い”を破り,頼清徳が総統に当選」と掲げ祝福した。他方,国民党よりの新聞紙『聯合報』は「頼清徳小羸(小さな勝ち),頼得票数と3つの党の国会議席は過半数に到達出来ず。民進党議席は減少」と報じた。英字紙『Taipei Times』は「頼の民進党(DPP)が史上初の第3期政権に(Lai leads DPP to historic third term)」と報じた。

 “8年の呪い”とは,今まで民進党や国民党は,いずれも総統任期の上限である2期8年間を越えて,同じ政党が連続して政権を掌握したことが無く,2期8年の間に様々な不満が有権者から噴出し,野党に政権を移譲せざるを得なくなることを“呪い”と例えたものである。台湾で総統直接選挙が開始された1996年以降,民進党の陳水扁政権の2期8年間(2000~2008年)のあと,国民党の馬英九政権が2期8年間(2008~2016年),その後,再び民進党の蔡英文政権が2期8年間(2016~2024年)を務めたが,初めて同じ民進党の頼政権が継承するという台湾史上初の快挙で“8年の呪い”を破ったことになる。

 戦後米国でも同様のことがあった。共和党のロナルド・レーガンが2期8年間(1981~89年)の政権運営のあと,同党後任者のジョージ・ブッシュ(パパ・ブッシュ)に4年間(1989~1993年)の合計3期12年の政権運営したのが,米国の唯一例外のケースである。

 勝利宣言で頼次期総統は「今回の選挙を通じ私たちは国際社会に対し,民主主義体制を堅持したことを伝えた。総統として国家を運営し,野党の指導者とも共に相談し,台湾が直面する課題を解決し,国家の発展のために協力してゆく」,「選挙中の意見の相克を捨て,憲政体制に基づき民主大連盟を組織し,党派を問わず,有為な人材を公平に採用し,国家のために全力で貢献する」と述べた。

 国会議員にあたる立法委員選挙では,民進党は51議席,国民党は52議席,民衆党は8議席,無党派は2議席と野党国民党が多数席を獲得した。しかし,いずれの政党も過半数には至らず,頼次期総統は「ねじれ国会」という難しい政権運営を強いられることになる。また,2月1日には立法院長・副院長選挙が実施され,野党国民党の韓国瑜(前高雄市長)・江啓臣(前国民党主席)が選ばれた。今後の政権運営の行方に注目したい。

 選挙前に筆者は,頼・蕭ペアは4割,侯・趙ペアは3割,柯・吳ペアは2割の得票率が得られると予想した。ただし,台湾の選挙では中国語で「棄保(チー・パウ)」(勝ち馬に乗る)という有権者の行動様式が存在する。「棄保」とは,予測得票数が最も少ない候補者に投票しても当選の見込みがないため,支持率の高い1位や2位の候補者に票が流れることを意味している。柯・吳ペアの支持票が頼・蕭ペアや侯・趙ペアに流れる「棄保」が発生した場合,予想が外れることがあるが,筆者の「4割,3割,2割」の予想は見事に的中した。また,筆者は2022年12月の統一地方選挙で民進党が大敗を喫したことに象徴されるように,立法委員選挙で民進党は過半数を確保できないと予測し,そのとおりの結果となった。

 上述のように聯合報は民進党を「小さな勝利」と酷評しているが,今回の総統選挙は台湾の有権者の選択が聡明であったと筆者は見ている。民進党にとっては,総統・副総統の座を獲得したことにより,頼次期政権は蔡政権の路線の踏襲することで日米など民主主義陣営からの支持が得られ,「親米路線」に変化がないことをアピールすることができる。また,立法院選挙で与党が過半数を確保できなかったことで,新政権は国政の運営をより謙虚かつ丁寧に調整するようになる。

 国民党にとって,「1勝1敗」(総統選挙に負けたが,立法院委員選挙で最大議席を勝ち取った)であったことは,同党の「親中路線」に台湾の有権者は「ノー」を突き付けたものの,野党としての監視役を期待されたと言えよう。前総統の馬英九は,国民党の侯友宜と民衆党の柯文哲の「野党一本化」で総統選挙に挑むことを提案したが,総統候補者と副総統候補者を誰にするかで意見がまとまらず,結果的に頼候補の当選に有利に働くことになった。馬前総統が投開票日前に受けたドイツの国際公共放送「ドイチェ・ヴェレ(DW)」のインタビューも投票に影響したとも言われている。馬前総統は「習近平を信用するか」との問いに,「両岸(中台)関係については,習を信頼しなければいけない。習が台湾を侵略すると考えていない。統一は憲法にも書いてあり,本来は受け入れられるべきもの」と答えた。「現状維持」の支持が絶対多数の有権者からの反感を買い,これも頼候補を利することになったと伝えられている。

 一方,民衆党は,表面上「全敗」のように見えるが,実際は「キャスティングボート」を握る結果になった。民衆党は2019年に設立され,1年後の2020年の立法委員選で5議席を獲得。4年後の今回の選挙で8議席を取得したことは奇跡と言えよう。かねて民衆党は柯文哲党首の1人政党と揶揄され,柯党首1人の人気で369万票と8議席を確保できたと言われているが,「柯文哲旋風」の威力にマスコミは驚いている。2大党派が拮抗している場合に,少数党の第3勢力が,事実上の決定権(キャスティングボート)を握る。民衆党の8議席は,民進党や国民党の双方にとって立法委員の過半数を得るためには,極めて重要な議席となった。

 柯文哲が「民進党と国民党の中間路線」を選択したことで,民進党と国民党の既存政党にウンザリしている有権者の票を集めた。特に,低賃金と住宅の高騰で,マイホームすら購入できない現状に強い不満を抱く若者が,与党の「緑陣営」(民進党のイメージカラーは「緑」)と,同じく旧政権の担い手の「藍陣営」(国民党のイメージカラーは「藍」)に投票せず,白紙同様の「白陣営」(民衆党のイメージカラーは「白」)に多くの票を投じたことになる。こうして全般を俯瞰すると,各党にとって「不満はあるが,受け入れられる」選挙結果であったと言えるのではないか。

 一方,中国はフェイクニュースや認知戦,あるいは台湾の里長(町内会長)を中国へ招待し抱き込むなど,台湾の総統選挙に大いに介入したが,その結果について「民進党は僅か4割しか票を獲得できなかった(6割は反対)」と対内的に喧伝することで最小限の「面子(メンツ)」を保ったが,事実上,介入は失敗に終わった。1月15日に中国は南太平洋ミクロネシアの島国ナウルと国交を締結(同時にナウルは台湾と断交)したことも,台湾の怒りを買った。台湾当局は中国が財政支援によってナウルを「買収」したと非難している。これによって,台湾と国交のある国は12か国から11か国に減少した。ナウルは米国のグアムに沿った「第2列島線」の島国であり,仮にこの島国に中国の海軍基地が建設された場合,米国の安全保障網が突破される脅威となろう。

 「炭鉱労働者の息子」(頼清徳)や「三級貧農の息子」(陳水扁元総統)は,“親の七光り”でなく,逆境から自らの努力によって一国のトップ(総統)に登り上がった人物だ。国共内戦時に,中国共産党は土地改革運動において「農民翻身(フアンシエン)」を唱えた。「農民翻身」とは,中国語で「農民が立ち上がること」を意味する言葉であり,この運動は,農民が土地を所有し,自分たちの生活を改善することを目的としていた。しかしこれは政権獲得の宣伝文句に過ぎず,中国の農民は三農(農民,農業,農村の格差)問題」の中で決して“翻身”せず,依然として中国の社会における最低層である。他方,頼次期総統と陳元総統の登場は,台湾では最低層であっても“翻身”により逆境を乗り越えれる事実を身を持って証明した。

 台湾の戒厳令施行期における党外勢力(反国民党勢力)の主要人物の一人で,民進党第6代党主席を務めた施明徳が1月15日に亡くなった。現在の民進党は,施氏が考えていた民進党ではないかも知れない(2000年に民進党を離脱)が,頼候補の勝利を見届けてから,安らかに目を閉じたと想像することができる。

諸外国の反応

 頼氏当選後,米国のCNNは「台湾の有権者は中国の介入を受け付けず,与党に歴史的3期連続の勝利をもたらした。選挙の結果から“有権者は民進党の考えを支持しており”それは“台湾が実質的に一つの主権国家”であることが明らかになった」と報じた。

 また,『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』紙は「民進党の総統候補者頼清徳の勝利は,台湾の有権者が意識的に北京の介入を退けた結果だ。台湾は蔡英文政権が確立した政治と経済の路線を継続し,北京との距離は遠く離れる」と報じた。

 アントニー・ブリンケン米国国務長官は,頼清徳氏の当選に祝意を示し,「台湾人民が自由で公正な選挙で民主主義体制の力を現した」,「米台との共通の利益と価値観を推進するため,頼氏と台湾各党の指導者と協力する」と述べた。また,マイク・ジョンソン下院議長は,「喜んで頼次期総統に協力し,米・下院の委員会のトップを5月の次期総統就任式に訪問団として派遣する」と述べた。

 1月15日にはスティーブン・ハドリー元米大統領補佐官(国家安全保障担当)とジェームズ・スタインバーグ元副国務長官が台湾を訪問。蔡英文総統と総統府で,頼清徳次期総統・蕭美琴次期副総統と民進党本部でそれぞれ面会した。

 以下は,紙幅の関係で日本の高官の祝辞のみを紹介する。13日夜,上川陽子外相は,頼副総統が台湾総統選で当選を決めたことに祝意を表明。上川外相は「基本的価値を共有する極めて重要なパートナーであり,大切な友人」,「日台間の協力と交流の更なる深化を図っていく」と述べ,非政府間の実務関係を引き続いて維持する立場を示した。また,林芳正官房長官は「台湾は日本と同じような自由,民主主義,基本的人権と法治など共通した価値観を持つ重要なパートナーであり,大切な友人」と述べ,日台の協力と交流を促進すると強調した。14日,日本台湾交流協会大橋光夫会長,同協会台北事務所の片山和之代表,日華議員懇談会古屋圭司会長と謝長廷駐日代表(駐日大使)らも同行し,頼次期総統と蕭次期副総統と面会,その後,蔡英文総統とも面会した。大橋会長は「能登半島地震で台湾が日本に義援金を送って頂いたほか,人的支援も申し出ていただいた」と,日本政府や被災地の人々から,自身が蔡総統と面会する機会を通じて台湾への感謝を伝えるよう申し使ったと述べ,加えて,「総統選で民進党が勝利を収めたことは,蔡総統と台湾の各界の重要人物が推し進めた政策と実行能力が人々から評価された成果だ」と祝意を述べた。

 頼次期総統は,「蔡氏の“台湾は世界の台湾”と強調していることに触れ,今後台湾は蔡氏が築いた基礎の上で,台湾海峡の平和と安定を守り続ける」,「米国が台湾を支持し続けるよう期待を寄せ,台米が各分野で互いに利益となる協力を深化させ,民主主義のパートナーと共に地域の平和や発展,繁栄を確保する」と述べた。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3298.html)

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