世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3288
世界経済評論IMPACT No.3288

不祥事をなくすガバナンスの強化とは:“仏を作って魂を入れず”にならないように

井川紀道

(元 世界銀行グループMIGA 長官)

2024.02.05

 日本企業の不祥事が絶えない。戦後に発展した企業だけではなく,旧財閥系や歴史ある企業のモノづくりの現場においても発生している。

 その要因としては,まず,近年のガバナンス強化が,海外の制度を形式的に採用しただけで,まだ実態が十分に整っていないためとする論調がある。仏を作って魂を入れずのためだという。2002年に導入された社外取締役制度にしても改善が重ねられてきたが,独自のスタッフを有することなく,経営の実態に迫まれる情報へのアクセスが限られていれば,社長が暴走しようとするときに,期待されたチェック機能を十分には果たせない。また,2005年前後から米国の内部統制に準拠した仕組みが我が国において,導入・整備されてきたが,ややもすると,文書を作成するハードコント―ル(形式)が主となりがちであった。

 原点に遡ると,内部統制の原型となった米国でのCOSO(1992年内部統制に関する報告書)においては1980年代に証券取引委員会に持ち込まれた119の詐欺的財務報告の事例研究によって当初重視されていたのはソフトコントロ―ル,つまり,企業文化,リーダーシップといった価値観の問題であった(1987年トレッドウェイ報告書)。そこで内部統制の5つの構成要素(日本では6要素)の冒頭に,経営者と社員の行動を律する統制環境が位置づけされ,社長やCEOの日頃の言動,”Tone at the top”が統制環境に大きな影響を与えるものとして強調された。

 もともと,内部統制は,いつくかの固有の限界を有するとされており,「複数の担当者による共謀」があるとき,「経営者が不当な目的」を有したとき,など組織ぐるみの不正に対しては,有効性が限られていると言われてきた。筆者が2000年当時,世界銀行グル―プの一機関において,3年がかりでCOSOを導入する傍ら,信用格付け最高位の欧州の銀行の面々に対して,この課題について問題提起すると,しばしの沈黙のあとに返ってきた回答は,「AAA銀行としての誇りが最後の砦である」であった。物言える企業風土があることや,心理的安全性の確保とともに,組織の構成員が組織について誇りを持ち,矜持を胸にしていることが,不正に関与するかどうかの瀬戸際において決定的に重要ということだろう。

 別な論者によると,近年の日本企業の不祥事の頻発は,失われた30年の間に,アベグレンやボーゲルが賞賛した日本の伝統的な経営に替わって米国型経営,やや誇張すれば,株主重視,短期的利益重視の風潮が強まったためとする。もっとも米国型経営といっても,創業期のIBMのように家族的経営があったり,ジョンソン&ジョンソンのように,顧客重視を第一に,すべてのステークホールダーへの責任をクレド(我が信念)として掲げ,定期的にアップデイトして組織内で徹底させ,また,ホールフーズのように「良識ある資本主義」を掲げているところもある。問題なのは,米国型経営のある部分だけを皮相的に採択している場合であろう。そして,その代償として日本企業の伝統的な企業経営と価値感の強みを放棄しているとすると,米国型経営と日本型経営のいずれもの真髄を欠くことになり,ミッションとガバナンスが弱体化することになる。

 私見ではあるが,日本企業におけるこれまでの内部統制の構築は,不祥事防止にとって,かなり有効な手立てではあったかもしれないが,不祥事防止のための,必要条件でもなく,また十分条件でもなかったのではないかと考える。逆に膨大な労力をかけて様式を整えて,中間層の負担とオーバーコンプライアンスを増すだけで,心に隙が出来た面もあるのではないかと思う。

 では不祥事を防止するためにはどうすべきであろうか。ひとつは,COSOの原点に回帰し,ソフトコントロール重視に立ち戻ることである。代表者の言動,企業文化のところを強化することである。ちなみに,最近の大手保険会社のトップの交代において,企業文化の醸成の責任が問われた。あるいは,日本企業の伝統的な価値感への原点回帰も極めて有効であろう。本年7月には,渋沢栄一翁の一万円新札が世に出回ることにちなみ,「論語と算盤」の論語の部分,つまり,仁義道徳について,総点検をするもよしである。中国古典になじみが薄い場合には,「売り手よし,買い手よし,世間よしの三方よし」の近江商人の経営哲学でもよい。あるいは,創業者の生い立ちにちなんだ信条や哲学がもっともふさわしい場合もあろう。利益と同じ視点でパ―パスを見る「パーパス経営」でもいいが,英語を無理に使うくらいならば,「志」の和語を用いることもできる。そしてそれを会社内,グループ内で戦略,人事慣行,企業文化として,すべての従業員が腹落するよう徹底させることである。

 要するに,経営者が率先して,世間で尊敬される企業にし,社員に会社に対する誇りを持たせるよう身をもって示すことが,ギリギリのトレードオフに直面しても,志を貫かせ,不祥事を防止する最も有効な手立てとなるのではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3288.html)

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