世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
保護主義と自由で開かれたインド太平洋の行方:IMFの懸念と一帯一路
(元 世界銀行グループMIGA 長官)
2024.08.05
国際通貨基金(IMF)によれば,最近は新興国だけでなく,先進国が正常な貿易を阻害するような分野に補助金を投じており,2023年に投じられた補助金は世界貿易全体の20%に影響している。もともと,コロナとウクライナ戦争により,世界各国が国家・経済安全保障を優先させ,特定国への貿易依存を回避しようとする傾向のなかで起ったが,放置すれば報復合戦となり,より深刻なデカップリング(切り離し)と分断が起る可能性があるとしている。
「ほぼトラ」が優勢との報道が依然として多い今日この頃,60%の対中関税が課されるか否かに関わらず,米国のデカップリング策に対する中国のひとつの対応策ともなってきた一帯一路構想について,是々非々論を含め,ありのままの客観的評価とその有効活用が日本の今後の進路において重要な意味を持つだろう。
一帯一路は2013年に提唱されて以来,各国のインフラギャップを埋め,民生の向上と経済発展に大きく貢献し,地域の貿易,投資を促進し,経済のグローバル化に貢献してきた。インフラの連結により,相互依存関係の重要性を改めて認識させ,批判を受けながらも,実践と改善を積み重ね,量から質への転換を図り,さらに理念を発展させた。
中国国務院が2023年9月に新理念を盛り込んで出した白書「“一帯一路“共同建設:人類運命共同体構築の重要な実践」では,三大グローバル・イニシャティブ(開発・安全・文明)が盛り込まれ,A4判49頁を一読するとIMFか世界銀行が書いたレポートではないかと思われる内容が含まれる。
ところが日本ではほとんど注目されることがない。「いくら綺麗事を描いても,言ってることとやっていることが違っているならば駄目だ」という論評がかねてからある。しかし理念が立派であれば,これに照らして政策批判や是正を求めることができる。また,あまり報道されていない実践的成果の一例は,陸のシルクロードのひとつ中欧班列(中国と欧州間の鉄道輸送)が年々拡充し,戦争によりスエズ運河に,渇水によりパナマ運河にボトルネックが生じている最近の状況のなかで,それに代替する国際物流ルートとして,グローバルサプライチェーンの強靱化に貢献していることだ。これがなければ世界的インフレはもっと亢進していたことだろう。
これまで一帯一路構想に対する警戒と批判は,債務の罠の問題,債務救済における中国の役割に向けられてきたが,これらの問題は,試行錯誤の後に,まだ改善と前進の余地はあるものの「一定の前進の目処がついた」と評価していいだろう。今後は,デジタル・シルクロード(中国の最新デジタル情報産業技術が中国標準として普及すること)が沿線諸国に及ぼす影響について,より注視する必要があるだろう。いずれにせよ,中国のオ―バープレゼンスを当該国と民衆がどう受け止めるかという問題はあるにせよ,一帯一路は,地域の貿易と投資を促進し,グローバル化の前進に貢献してきたことは事実であろう。
多角的自由貿易体制を支える経済理論は,19世紀初頭のイギリスの古典派経済学者であるリカルドの比較優位論であり,植民地を抱える英国資本主義を発展させる理論的支柱となった。一方戦後のGATT/WTO体制は,第二次大戦後の米国の圧倒的な経済力が背景にあって形成されたものといえるだろう。ところが,資源のない貿易立国日本はもとより,やがて西側の政治・経済体制に近づくだろうとの期待のもとに,2001年にWTO加盟が認められた中国も,この多角的自由貿易体制の恩恵に浴してきた。
しかしながら今や欧米においては保護主義が台頭し,米国においては,民主党も共和党も保護主義に傾斜し,自由貿易を標榜する声がない。ひとつの背景として,製造業2025年の産業政策等により,中国の産業力が飛躍的に向上した事実がある。特に,地球環境問題に貢献するとみられるEV,太陽光発電,風力発電,リチウム電池の分野における中国企業の競争力は,テスラがたじろぐBYDのように圧倒的となっている。今や中国は,これらの財において比較優位性を備えたと言えるが,欧米流に解釈すると,これは中国の不当な補助金と,国をあげての過剰生産によるものであり,不公正な競争から自国企業と労働者を保護するため,関税と補助金と巡らした結果,としている。WTOの規律のゆるいところ(中国の途上国認定など)を中国が最大限活用してきた反面,財よりもサービス分野に比較優位を持つ米国にとってWTOの使い勝手が悪くなってきたという面がある。またもう一つの問題として,中国の経済大国化・外交姿勢の変化のなかでの経済的威圧(違法な干渉行為)への対抗処置をどうするかという課題がある。
過剰生産問題は,最近のG7において討議されているが,国有企業や補助金など国家の経済関与が加盟国任せとなっているWTOでは扱い得ないとすれば,IMFにおいて,有害な補助金について,研究と分析をさらに進め,G20においてもグローバルサウスを含めた国々とも論議することが望ましいであろう。中国の過剰生産により,トルコ,ブラジルなども影響を受けているためである。
日本としては,先進国間,北東アジア,ASEANとの貿易だけでなく,グローバルサウス,一帯一路沿線国を含む諸国との交易関係が重要であり,このかぎりで,故安倍総理が,「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」を打ち出したこと,さらに,一帯一路には参加しないまでも,第三国市場における日中協力を打ち出したことの意義は将来的にも大きい。「地域的な包括的経済連携(RCEP)」や日中韓首脳会談を受けて実現が期待される三国間FTAなどの地域的自由貿易協定・連携協定が,分断された世界においてますます重要になるであろうが,今後とも西側の自由貿易体制と一帯一路をつなぐ梃子を日本は有効活用すべきであろう。その意味でFOIPのコンセプトをもう一度振り返る必要がある。また,中国との関係を「デカップリング」ではなく,「デリスキング」(特定分野での過度な中国依存を抑制しながら経済的交流を維持)に留める努力を日本としてもG7等の場で果たしてゆくことが重要であろう。
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