世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
減少が続く日本の実質賃金
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2024.01.22
実質賃金の長期的減少は物価の下落,上昇とは無関係
1月10日発表の11月分毎月勤労統計によれば,1人当たりの現金給与総額(以下,賃金とします)を消費者物価指数で割引いた実質1人当たり賃金は,前年同月比−3.0%と,大きく下落しました。20か月連続のマイナスであり,10月の−2.3%からマイナス幅が拡大しています。政府,日銀が目指すインフレ率を上回る賃上げとは逆行した動きです。
ただし,実質賃金の減少は今に始まったものではありません。2000年平均を100として指数化し,2005,2010,2015,2020年の年間平均値と,2023年11月の直近値を順に並べると,98,94,89,88,84(小数第一位で四捨五入)となっています。過去20年以上にわたって減少していることがわかります。2012年ころまでの消費者物価の下落期も,その後物価が上昇に転じても,実質賃金減少のトレンドは変わっておらず,それを反転させることは容易ではないことがうかがわれます。
雇用者の増加には限界
一方,賃金と同時に発表されている常用雇用指数を,実質賃金と同様に2000年平均を100として指数化して直近までの推移を見ると,2005年から順に98,104,108,116,122となっています。雇用者数が2005年以降増大傾向にあることがわかります。実質1人当たり賃金に常用雇用を掛け合わせて実質賃金の総額を算出して同様に指数化すると,96,98,96,102,102となっており,2015年以降増大しています。その点では,2013年から始まったアベノミクスのもとで,金融・財政政策によって需要を刺激したことに一定の効果があったとも言えそうです。また,雇用者数が増える過程で相対的に賃金水準が低い女性や高齢者が雇用者に占める比率が増えた分,1人当たり実質賃金の低下は止むを得なかったのかもしれません。
ただ,今後のことを考えると,人口が減少する中,雇用者増には限界があります。さらに,国際的に見て,日本の相対賃金が低下する中,日本で働きたいという外国人労働者が減るだけでなく,海外で働きたい日本人も増えそうです。国内で雇用者を増やすことは,難しくなっています。
求められる時間当たり実質賃金と生産性の継続的向上
次に労働時間指数によって1人当たりの平均労働時間の推移を見ると,2000年=100として2005年以降,98,95,93,87,88と長期的に減少傾向にあります。非正規雇用などのために労働時間が短い女性や高齢者の比率が増えてきたことが影響していると見られます。また,労働時間の減少トレンドは先に示した1人当たり実質賃金と似ています。1人当たり実質賃金の減少は,時間当たりの実質賃金の減少より,労働時間の減少による所が大きいことがうかがわれます。その点では,正規雇用比率の引上げなどによって平均労働時間を増やせば,1人当たりの実質賃金も増やせそうです。しかし,保育,教育,介護,医療,運輸など社会的ニーズが大きい一方で人手不足に悩む分野では,長時間労働も問題になっており,むしろ労働時間を減らす必要があります。また,社会全体で見ても,所得水準を維持するために長時間働くのでは,人々の生活の質は低下してしまいます。
労働時間を減らしながら実質1人当たり賃金の減少を止め,同時に人手不足の解消を図るには,時間当たりの実質賃金と生産性を継続的に高めなければなりません。もちろん,言うは易く行うは難しです。有効な政策手段があるのかどうかも定かではありません。ただ,少なくともマクロ的な金融・財政政策で対処できる問題でないことは明らかでしょう。
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