世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
静かな資本逃避が続く日本
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.12.01
42円分円安方向に動いたリスク・プレミアム
下の式は,2025年2月24日付の本コラム「円ドル為替レートの行方」で使った円/米ドル為替レート推計モデルを再推計したものです。被説明変数(F)を(円ドル為替レート/購買力平価為替レート)とし,購買力平価為替レートはGDPデフレーターを基準にしています。相対生産性(P)は,労働力人口1人当たり潜在GDPの相対値(米国/日本,1980年1-3月期=100)です。もう1つの説明変数である金利差(R)は,米国の10年物財務省証券利回りと日本の10年物国債利回りの差です。四半期データを用い,推計期間は1980年1-3月期から2025年10-12月期であり,2025年10-12月期のデータは11月25日時点です。
F=0.0255P+0.0664R−1.782
t値:P(23.94),R(7.61),定数(−15.70)補正済決定係数:0.759 標準誤差:0.134
データの出所は以下の通りです。
- 円ドル為替レート(東京市場17時時点,期末値):日本銀行
- GDPデフレーター:日本は内閣府経済社会総合研究所,米国は商務省経済分析局
- 潜在GDP:日本は内閣府月例経済報告,米国は議会予算局
- 労働力人口:日本は総務省統計局,米国は労働省労働統計局
- 10年物国債利回り:日本(期末値,1986年4-6月期までは9年債利回り)は財務省国債金利情報,米国(期末月の月中平均値)はFed
円/米ドル為替レートは足元で1米ドル=156円近辺にあり,アベノミクス開始前の2012年7-9月期の77円台から約79円,円安に動いています。上の推計モデルによれば,2012年7-9月期の推計値は93円台,直近推計値は130円台です。この間に購買力平価要因は約16円分円高,相対生産性要因は約46円分円安,国債利回り格差は約7円分円安に寄与し,合計で約37円分,円安方向に寄与しています。実績値と推計値の差を円/米ドル為替市場のリスク・プレミアムと捉えれば,残りの約42円分,リスク・プレミアムが円安方向に動いたと解釈できます。
累増する直接投資残高ネット額
日本の直接投資残高ネット額(対外直接投資残高-対内直接投資残高)のGDP比は,2012年末の14.5%から直近値の2025年6月末には47.3%まで上昇しています。一方,証券投資残高ネット額(対外証券投資残高‐対内証券投資残高)のGDP比は,2012年末には25.4%から2025年6月末には20.5%に低下しました。日本からの資本流出が直接投資を中心に生じていることがわかります。対外直接投資の期待収益率が国内投資の期待収益率を上回り,その格差は内外金利差より大きいことが示唆されます。上のモデルにおいて実際の為替レートがモデル推計値が示すよりも大きく円安方向に動き,為替市場のリスク・プレミアムが円安方向に傾いたことも,それを反映しているようです。
第一次所得収支の黒字拡大
BIS(国際決済銀行)が公表している円の実質実効為替レート(2020年=100)は,史上最高水準であった1995年4月の193.99から2012年12月には119.56,直近値の2025年10月には70.41と長期的に大幅に下落して円の割安感が強まっています。しかし,円安は日本の貿易・サービス収支の改善にはつながっていません。1996年1月から2010年12月までの180カ月のうち,季節調整済み貿易・サービス収支が赤字であったのは8カ月だけでした。しかし,2011年1月から2025年9月までの177カ月のうち,赤字であったのは128カ月に上ります。
一方,海外との利子,配当の受払いを示す第一次所得収支の季節調整値のGDP比は,2012年10-12月期の+2.9%から2025年7-9月期には+6.8%に拡大しました。上で示した直接投資残高ネット額の拡大によって,海外からの投資収益の受取りが増えていることが示唆されます。季節調整済み経常収支のGDP比も2025年7-9月期には+5.4%と,1996年以来の現行国際収支統計上では黒字幅が最も大きくなりました。対外直接投資の収益の多くは再投資されることで直接投資残高は累増し,それに伴って第一次所得収支の黒字がさらに拡大します。しかし,黒字が国内に還流されないため円高要因にはなっていません。
日本からの対外直接投資を中心にした資本流出と円の実質実効為替レートの下落は長期に渡り,典型的な通貨危機とは違って急激なショックを引き起こす性質のものではないようです。その点では,いわば静かな資本逃避が続いていると捉えられます。ただ,高市政権が意図する財政拡張政策は,短期的に景気を刺激しても長期的に生産性や投資の期待リターンを高められず,静かな資本逃避を止められないでしょう。むしろ,政府債務の増大が円の信認を低下させ,円安と資本流出に拍車がかかる懸念もあります。
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