世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
カーブで追い越せ:躍進するBYD
(多摩大学 客員教授)
2024.01.22
中国の自動車生産台数は昨年3,016万台,販売台数は3,009万台といずれも3千万の大台に乗った。とくに,ハイブリッド車を含むEVの乗用車販売台数は886万台で,前年比36.3%という高い伸びとなった。自動車の輸出台数は前年比57.4%増の522万台で日本を抜き去った。うち177万台がEVである。沸騰するEV市場の中でひときわ気を吐いているのがBYDである。2023年の売り上げ・利益は創業以来の最高水準となる見込みだ。
BYDはバッテリーの開発製造からEV,ハイブリッド車の開発製造を手掛ける垂直統合型のビジネスモデルを展開している。BYDという社名は「Build Your Dream」の略語だ。創業は1995年。創業者の王伝福氏は,1966年生まれ。進取の気質に富む新安商人の流れを汲む安徽省出身であり,現中南大学で冶金物理学を専攻した後,北京有色金属研究総院で学位を取得後,政府関係の研究業務に従事した後,29歳で起業した。創業時の従業員はわずか20名。金属関連の専門知識を活かし,ニッケル・カドミウム電池の開発製造から事業をスタートさせた。しかし,日本の電池メーカーがリチウム・イオン電池にシフトしているのを見て,これがこれからの主流になると判断,生産を切り替えた。しかし,リチウム・イオン電池の生産は資本集約型である。資本力に乏しいBYDは,極力生産設備を内製化し,機械化できない部分は人力でカバーした。人材の流動性が高い深圳市では熟練工を養成するのは困難であるとの判断から人力に頼る工程は極力細分化され,特段の訓練なしでもラインで作業できるシステムを構築した。このためリチウム・イオン電池の生産性は日本メーカーの10分の1と非常に低かったものの,生産コストは日本の5分の1と非常に低廉であり,この価格競争力がBYDの急速な成長を後押しした。また,こうした究極のコスト削減努力がBYDのDNAになっているともいえる。
こうしたコスト競争力によって,BYDはリチウム・イオン電池の販売を急速に拡大し,創業7年後の2002年には,当該分野で世界シェアの65%を持つにいたった。ただし,その用途は主に携帯電話であり,2000年代に入っての急速な携帯電話の普及が,業容拡大につながっていった。これに目をつけたのが,「投資の神様」とも言われる投資会社バークシャーハザウエイのウオーレン・バフェットであり,彼は2008年,BYDに発行株式数の10%に相当する2.3億ドルの投資を決め,話題を呼んだ(その後,バフェット氏は2%を2.3億ドルで売却,残り8%の株価時価は23億ドルである)。
BYDが自動車製造に参入したのは2003年である。経営不振に陥っていた陝西省西安秦川汽車を買収した。この買収に対しBYDの役員の殆どが反対したと言われる。当時,中国の自動車市場は日米欧と現地国有メーカーの合弁会社が圧倒的な競争力をもっており,それに対抗できるだけの技術力を持っていなかったこと,自動車産業は中国の戦略産業と位置付けられおり,新規参入のハードルが高かったことが主な理由とみられるが,陝西省は有色金属産業(とくにチタン,リチウムなど)が発展過程にあったこと,王伝福氏が,この業界に中央政府を通じて強いコネをもっていたことが奏功したのだろう。無論,新エネルギー車の開発・製造に対する政府の助成金も有力な誘因であったことは間違いない。BYDが自主開発のハイブリッド車を上市したのは2008年だった。
ただ,車作りの実績に乏しいBYDが,大ヒットするような車を作れるはずもなく,同社が開発・製造するハイブリッド車は,日本車をパクったデザイン,外から導入した技術が殆どだったという。BYDの生産台数は2010年で50万台に達したが,これについてテスラのイーロン・マスク氏は2011年のインタビューの中で,「BYDの車は特段魅力的ではないし,技術的にとくに強い点もない。まずは自社が抱えている厳しい課題を解決することが先決ではないか」と厳しいコメントを発した。しかし,2010年は中国の自動車業界にとって,大きな転換点でもあった。同年,吉利汽車がスウェーデンのボルボを買収して話題となった。自主開発に限界を感じた国内メーカーが,ブランドだけでなく,技術を取得するのが目的だった。吉利汽車はボルボの経営に口は出さず,ひたすらその技術を学んだという。BYDも内外の有能な人材を登用し,技術力を磨いていった。アウディやベンツの高級技術者も相次いでスカウトされた。社内の開発努力は苛烈を極め,過労死も相次いだといわれる。ワーク&ライフバランスと言う言葉はBYDにはない,という陰口も聞こえる。そして,2014年には「5.4.2」と銘打った,時速100㎞までの加速が5秒,四輪駆動,100km走行燃費2リットルという高性能を謳ったハイブリッド車が発売された。2020年,新エネルギー車に対する助成金が縮減されることから,業界の競争が一層激烈となるのを前に,BYDは補助金なしでも売れる魅力的で低価格な車づくりに邁進した。BYDの創業以来のコストダウンのDNAが生かされたようだ。そうした中で,BYDは「王朝シリーズ」と銘打ったセダンを発売,「秦」,「漢」,「唐」などは盛り上がりつつある国潮ブームもあってヒット商品となった。車種のラインナップも充実しており,現在16車種,累計57車種を上市している。会社の急成長と株価の持続的な上昇により,創業者の王伝福氏の保有資産総額は240億ドル,中国内では14位の大富豪となった。
2023年のBYDの生産台数はEV・ハイブリッド合計で300万台を超えた。初の海外生産拠点となるハンガリーの組立工場建設の準備も進んでいる。EVの出荷台数は,第4四半期初めてテスラを超えた。同社がテスラを超える世界ナンバーワンのEVメーカーとなる可能性も生まれてきた。BYDの販売の90%が中国市場向けだ。市場では,過剰生産能力を背景にEVの乱売が繰り広げられている。これに対し,BYDは,敢えて低価格のナトリウム・イオン電池を搭載した普及車を投入する。中国のEV用充電器は個人用も含めれば500万基を超え,全国ほぼどこでも充電できる体制が整いつつある。一回の充電で走行できる距離を延ばすために電池の性能を高める必要は薄れつつある。より価格の低いナトリム・イオン電池車を投入することにより,販売価格を引き下げ,さらなる市場シェアの拡大を実現する戦略である。2024年はBYDにとってEV業界の頂点を目指す年ともなる。
「カーブで追い越せ」という言葉は,百度の創業者李彦宏氏の言葉だ。すべての面において後発の中国企業が,直線コースでライバルの外資を追い越すのは容易でない。カーブに差し掛かり,減速するタイミングが勝負時とも言える。海外自動車メーカーは,コロナ禍の中,開発・生産において足踏みを余儀なくされた。また,グローバルメーカーにとってはEV化がどこまで進むかという見極めもつきにくい時期だったといえる。自動車業界が曲がり角に差し掛かるなか,BYDを筆頭とする中国EVメーカーは,ここを先途とばかり,追い越しをかけた。これに対し,EUは中国政府のEVメーカーに対する補助金の調査を開始し,輸入課徴金の導入も視野に入れている。日本メーカーもEVの開発・生産を加速している。カーブで海外勢を抜いた中国メーカーは,国内メーカー同士の混戦の最中にある。直線コースに入った今年は,その意味,EV市場における中国メーカーの真価が問われる年になるだろう。
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