世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3216
世界経済評論IMPACT No.3216

戦争のメカニズムと真の平和主義:縄文時代に根ざす文明の可能性

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2023.12.11

 イスラム過激派ハマスの大義はどうあれ,聞くだけでも耐え難い残虐行為が,神の命令であるはずがない。ハマスは,貧困や抑圧に絶望した若者を集めて憎しみを教え込み,殉教すれば天国に行けると教えて戦士に育てている。さらに,民衆を盾に使って犠牲を増やし,国際社会から義援金を集め,幹部はドーハで優雅な生活をしている。ハマス最高指導者の息子モサブ・ハッサン・ユーセフ氏は,この構造に気づいてハマスと決別したと著書『ハマスの息子』(2011.6.22,幻冬社)で述べている。ユーセフ氏は,キリスト教に改宗して魂が救済されたそうだ。

 イスラエルも,パレスチナ自治区へユダヤ教徒の入植を進めており,抵抗する者はスナイパーが射殺していると伝えられるなど,国際社会の批判を集めていた。また,世界で3本の指に入ると言われるイスラエルの諜報機関モサドが,大規模テロの予兆をつかんでいなかったとは考えられず,エジプトがハマスの攻撃の3日前にイスラエルに警告していたことも伝えられ,ネタニヤフ政権には大きな疑問が呈されている。汚職で何度も訴追され,揺らいだ政権基盤の強化のために宗教シオニズムを掲げる極右政党まで連立政権に入れているネタニヤフ政権は,ハマスとの紛争の受益者なのである。

 こうした紛争の背景に加え,藤井厳喜氏は,英国のタックスヘイブン特権を擁護する無国籍企業と,それを支える富裕層からなる英国の守旧派が,紛争を裏で操っている可能性について述べている。ネタニヤフ首相を操って強行路線を取らせる一方でハマスをけしかけ,紛争が長期化するよう仕向けているのではないかというのだ(「ハマスを操るワルの正体」WILL,2023年12月号)。政治や外交は,表もあれば裏もある。戦争や紛争には,それぞれの経緯や当事者の利害得失がある。さらに,それを焚き付けて利益を得ている者がいるのではないかということも,冷徹に見極めなければならない。

 平和や核廃絶は,唱えるだけでは,残念ながら戯言でしかない。二宮尊徳の思想を表した「道徳なき経済は罪悪,経済なき道徳は戯言」という言葉こそ真実である。真に平和を願うのであれば,そのための経世済民,つまり衣食住を安定させ,憎しみや報復の連鎖を断つための工程表を作り,それを実行しなければならない。

 人間の真の敵は怒り,憎しみ,貪り,狂信,差別心と言ったのは,ベトナム・フエ出身の禅僧ティク・ナット・ハン師である。ベトナム戦争が始まった時,僧院での修行と難民救済と,どちらを取るか迫られ,両方を行うことを決意して「行動する仏教」を創始。戦争の何れの勢力にも与せず,修行しながら畑を耕し,難民を救済する村を運営した。ところが,村が米軍に爆撃され,多くの仲間を失った。数日間は怒りの炎に身を焼かれたが,心を鎮め,上記の言葉に達したという。1966年に師は渡米し,米国の反戦運動に大きな影響を与えた。翌年には公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の推薦により,ノーベル平和賞候補になっている(同年は受賞者なし)。

 ユーラシア大陸の諸民族は,古代から,負ければ皆殺しか奴隷という歴史を繰り返してきた。古代ギリシャ文明が民主制,哲学,科学,医学,芸術を発展させることができたのは,労働は奴隷が担い,市民は自由な時間があったからである。人類が繰り返して止まない戦争は,土地や資源の奪い合いとともに,奴隷の獲得も大きな目的だった。そして,戦争に負けないための結束と秩序を構築するため,一神教が生まれたと言える。

 しかし,一神教が成立した時,戦争と奴隷の時代がよほど長かったらしく,モーゼが神の言葉として理解し口述した創世記には,原始の母系社会の痕跡はない。女は男に従属する存在であり,誘惑に弱く,原罪を犯し,罰として労働を科されたとしている。労働を苦役としたのは,奴隷制を肯定したに等しい。

 最初の一神教であるユダヤ教は,神との契約である戒律としてモーゼ5書(トーラー)と口伝律法(タルムード)があり,すべてを厳密に実行することは容易ではなかった。そこで,より多くの大衆が神の救済を得られる方法として改革したのが,イエス・キリストと弟子によるキリスト教である。多くの大衆が信仰する様子を見て,ついにローマ帝国が国教に採用し,キリスト教は急速に普及した。

 しかしキリスト教は,ギリシャ文明の多神教を否定し,ギリシャ文明の哲学も科学も医学も否定し弾圧したため,欧州は,千年もの暗黒時代を過ごすことになり,教会の権威が肥大化した。その間に,サウジアラビアのメッカで大商人の息子として生まれたムハンマドが,キリスト教を改革してイスラム教を創始した。古代ギリシャ文明は,アレクサンダー大王の東方遠征で中東に伝わり,イスラム教圏で継承され,発展した。

 そして,モンゴル帝国が大陸を横断する市場統合を実現し,イスラム商人が活躍して東西交易が爆発的に発展すると,欧州で東方に対する関心と欲望が高まり,イスラム圏を通じて教わるギリシャ文明を復興する運動が始まり,宗教改革に至った。宗教改革は,カトリック教会の権威主義,形式主義への反発であり,「人間中心主義」がスローガンだった。この人間中心主義が,科学技術の進歩,とりわけAIの出現によって,「神とは人間の集合知」であるとか,人間が神に代わる存在となり得るという思想を生むことになった。

 いずれにしても,欧州を中心とする一神教と文明の歴史は,特定の者による大衆の操作,支配であり,敵対勢力との闘争,征服である。これとは全く異なる文明を歩んだのが,日本だ。縄文時代は,最古の土器が1万5千年前,弥生時代が始まったのが3千年前だから,1万3500年もの間,戦争が全くなかったことが知られている。これまで,土器や遺跡を通じてしか伺うことができなかった縄文文化だが,最近,画期的なことが起きている。アフリカ・タンザニアのブンジュ村という200人ほどの村に,2014年から2年間住み込み,ペンキ画を習って帰国した上田祥弦という人が,「ペンキ画家ショーゲン」として出版や動画でブンジュ村の村長から聞いたという話を発信している(「全ての日本人は見てください。縄文の記憶を呼び起こすために」)。

 ブンジュ村の村長はシャーマンで,同じくシャーマンだった祖父から,夢に現れた日本人と称する人から,幸せに生きる術を教わったというのである。夢に出た日本人は,竪穴を掘って住み,女性をモチーフにした人形を作っていたという。そして,自分のあらゆる所作を愛で,同じように村の人や,生きとし生けるすべての命,あらゆる自然を愛し,自然からも最も愛されていた人たちだったという。すでに学術的に分かっていることだが,世界で日本人とポリネシア人だけが,虫の声が快く聞こえる民族である。そして,遺伝子が日本人であることではなく,生まれて最初に覚える言語が日本語である場合,遺伝的に白人であっても虫の音が快く聞こえ,逆に日本人であっても,最初に日本語以外を覚えると,虫の音が騒音にしか聞こえないという。霊魂が時空を超えて通信するということは,物理学的にあり得ないことではない。

 江戸時代の国学者は,大陸から伝わった思想や理論は漢意(からごころ)として批判し,古来の日本の精神や美意識を大切にせよと主張した。西郷南州も,外国から学ぶ前に,まず我が国体を明確にし,みだりに模倣すべきではないと述べた。また20世紀の数学の大天才,岡潔も晩年,日本民族の情の文化を失ってはならないと主張した。世界が混迷を極めつつある今,我々が思い出すべきものは,足元にある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3216.html)

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