世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
外国人労働者争奪の時代:西ジャワ島の“台湾出稼ぎ村”,日本は確保できるか
(九州産業大学 名誉教授)
2023.12.04
30年ほど前から日曜日になると,台北駅(台北車站)のホールに多くの外国人労働者が集まる。同郷出身者同士が情報交換し,故郷の親族とオンラインで会話を楽しんでいる。台北駅のホールは,Free WiFiが完備され,Lineなどの通信が自由に使え,空調も完備されているため亜熱帯の台湾では,海外からの出稼ぎ労働者にとっては快適な「溜まり場」として使われている。筆者の見る限りでは,皮膚の色や服装からインドネシアやタイなどからの労働者が多い。
他方,中山北路一帯は1970年代までは米軍宿舎やPX(米軍の駐屯地等に設けられ,主に軍人・軍属を対象に日用品・嗜好品を安価で提供していた売店)があり,当時,日曜日になると米軍関係者が近くの教会に集まっていた。1979年,米国のカーター政権は,米中国交正常化(すなわち米台国交断絶)を実現し,米華相互防衛条約は1980年に失効した。米軍の台湾からの撤退により,日曜日に教会に集まるのは,台湾人の信者や米系企業の台湾駐在の米国人になった。この30年間にはカトリック教徒が多いフィリピンからの労働者も多く集まってきている。近年,上述の2つの溜まり場で,外国人労働者の数が大幅に増えてきたことが分かる。
国と国の間には,貿易による物資の往来と外交による公的な交流以外に,人的の流動が存在している。台湾の労働部(労働省)の統計によると,2022年の台湾における外国人労働者の数は72.8万人に達し,史上最多記録を更新している。30数年前の20数万人と比べると約3倍も増加している。この事実は,台湾社会の外国人労働者に対する依存が想像を越えるレベルに達し,既にこれらの外国人労働者が台湾の社会基盤である労働力を補完する位置づけとなっていることを示している。
台湾における高齢者介護は,外国人労働者に大きく依存している。台湾の伝統的な考えでは,高齢者を老人ホームに送るのは,一部の人は“姥捨て”と考え,親不孝というイメージがある(現在では,そのようなイメージはかなり薄くなった)。しかし,台湾は共稼ぎが一般的であり,家庭における高齢者の世話は難しいのが現状だ。そのため,インドネシアやフィリピンからの女性労働者を介護の担い手として雇うケースは大変多い。日本では技術研修生の名目で外国人を受け入れ,実際は労働力として仕事に従事させるケースが多いが,台湾では外国人労働者の雇用は公式に認められている。
台湾の外国人労働者は,高齢者介護の経験を自国に持ち帰り,一定の技能を持った新たな人材が更に送り込まれるという人的連鎖を生み出し,台湾と東南アジアの距離をより近く接近させる効果を生んだ。これまではこうした動きは“弱い循環”としてあまり重視されてこなかったが,労働者不足が顕在化する現在,その重要性がクローズアップされるようになった。
2021年の台湾政府の統計データによると,台湾では13万人の労働力が不足していて,特に中クラス技術者の不足が顕著となっている。こうした現状を受け,2022年,台湾政府は「移民労働者人材の永久使用方策」(移工人材永用方案)を打ち出した。これまで外国人労働者の台湾での最長滞在年数は14年間であり,満期による帰国が必須であった。しかし,この方策により,所与の要件に合致すれば,永久に滞在することができるようになった。近年,台湾の労働部(労働省)は外国人労働者の出身国の多角化に取り組み,労働者不足問題を解決できるように努めている。
しかし,世界の多くの国々でも社会を支える基礎的労働力として外国人労働者の必要性は同様である。送り出し側のインドネシアの場合(2022年),外国人労働者として働きたい国のトップは,同じイスラム教国のマレーシア,2位はアラブ首長国連邦,3位は同位の香港と台湾である。各国は労働条件の改善によって,安定した人材確保に努めている。
インドネシアは「労働者の輸出大国」である。総人口2億7000数万人のうち,約900数万人が海外で働いていて,平均すると30人に1人が出稼ぎ労働者として働いている計算になる。毎年,これらの出稼ぎ労働者はインドネシアに約1兆5000億円を送金し,“外貨稼ぎの英雄”と称賛されている。インドネシア西ジャワ島には“台湾出稼ぎ村”と呼ばれる村落がある。この村の殆どの人々は台湾と密接な関係を持っていた。
“台湾出稼ぎ村”にある雑貨屋に台湾の三立テレビ(SET)の記者が店主の女性に台湾語で「パンを売っていますか?」と尋ねると,店主は流ちょうな台湾語で「売っているよ」と回答した。この雑貨屋では台湾語でのコミュニケーションが可能だ。店主は「これはチョコレート入りのパン,これはオレンジのジャムパン。1つ2000ルピア(約20円)」と述べた。店主が台湾語や台湾華語(台湾で使っている北京語。厳格に言えば,一部の用語やアクセントが中国の北京語と異なっている)を話せるのは,彼女が台湾への出稼ぎをしていた経験があるからである。「台湾で何をしていたのか?」と記者が尋ねると,「お婆ちゃんの世話と鶏排(ジーパイ=台湾唐揚げ)を売っていた」,「1回目は3年間,2回目は3年間の6年間働いた」と答えた。来店者の1人の女性客を指して,「彼女も台湾出稼ぎ組よ!」と述べた。女性客は「私は2年間よ」,「爺ちゃんの世話」と台湾華語で回答した。
店を出て,村を歩くと,台湾語や台湾華語が話せる人に会う確率が高い。道すがら避暑地にあるような大きな庭付きの豪邸があった。明らかに周辺の農家と比べると豪華な作りだ。出稼ぎ経験者のMandala氏は「これらの豪邸はいずれも台湾出稼ぎ組のものだ」,「この人口1万5000人の小さな村落の1500人は台湾への出稼ぎ経験組だ」という。村の高齢者,子供を除ければ,村の殆どの労働力は台湾出稼ぎ組と言えそうだ。この村民にとって台湾への出稼ぎは,富をもたらす絶好のチャンスとして認識されているのだ。
1軒の豪邸を訪ねると,50代の女性Solihati氏が出てきた。「お宅の家を見学してもいいですか」と尋ねる記者に「いいよ。この部屋は応接間,これはテレビ鑑賞の部屋,…」と家の中を案内してくれた。Solihati氏は台湾で5年間介護の出稼ぎで稼いだ100万台湾元(約500万円)でこの庭付き豪邸を建てた。彼女はもともと飲食,宗教,文化,風習などが近いサウジアラビアでの出稼ぎを考えていたが,同じ故郷の出稼ぎ経験者から「台湾の労働環境,稼ぎなどが優れている」と聞き,台湾行きを選んだ。しかし,最も重要な理由は,彼女には10数名の家族を養う必要があったことだ。中卒学歴のSolihati氏は彼女の故郷では1カ月に5万円以上の仕事を見つけることができないという。
Solihati氏の物語の背後には,インドネシアにおける多くの貧しい農村家庭の実態がある。世界各地で働く“外貨稼ぎの英雄”の背後には多くの犠牲もある。
台湾への出稼ぎ労働者であるTiny氏の場合はこうだ。彼女は2児の母親である。既に家を離れて10数年経つ。長女Mollyと長男Alfisとの会話はスマートフォンのLineを使っている。Tinyは「Alfisよ,お姉ちゃんのいうことをよく聞き,よく勉強するのよ」,「ママはMollyとAlfisを愛しているからこそ,外国で十数年も働き,皆が良い生活ができるようにしているのよ」と話す。
Tinyは「故郷を離れてからの十数年の内,故郷には僅か3回しか帰っていない。子供の成長期に長期間家を不在にせざるを得なかった」という。台湾では介護の仕事に就き,台湾人の家庭で最も頼られるメンバーにまでなったが,彼女にとって最も重要な「自分の家族の傍にいること」はできないままだ。「私が1回目に台湾に来たときは27歳,長女は13歳で長男は1歳半だった。インドネシアに戻った時,娘と息子は私の子供とは信じられないほど成長していた」。一方,Tinyの母親は「Tiny,いつ帰ってくるの? ママもあなたに面倒を見て欲しい」と訴えたと言うが,「台湾で仕事をしないと,母親の医療費や生活費を賄うことは不可能だった」と言う。Tinyの母親は2020年に病気で亡くなったが,コロナ禍のため,Tinyは帰国することもできなかった。
「外国人労働者争奪の時代」。先述のとおり台湾政府は「移民労働者人材の永久使用方策」で外国人労働者を確保しようと躍起になっている。翻って日本では2021年3月にスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが名古屋市の入管施設に収容中亡くなった悲惨な事件や,おりからの円安での本国送金上の不利など,外国人労働者にとって日本のイメージはマイナスなニュースが多すぎる。外国人労働者が本当に必要ならば,現状の研修制度と違法な労働行為に向かわせる環境を早急に改める法改正が必要であろう。
[参考文献]
- 李文儀主持「國外竟也有"台灣村"!生活中不起眼的"外籍移工"其實是家中的外匯英雄!遠離家鄉一個人撐起全家的生活 靠著自己的雙手反轉人生命運」【消失的國界完整版】2023年4月8日,三立新聞台。本稿のインドネシア現地の聞き取り調査の論述は,このYouTubeの取材による援用である。
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