世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3202
世界経済評論IMPACT No.3202

フレンドショアリング・台湾企業の対タイ大移転:米中対立と台湾企業の対中戦略の変化

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.11.27

 「フレンドショアリング(friend-shoring)」とは,同盟国や友好国に限定したサプライチェーンから調達する行為を意味する。民主主義陣営では,権威主義国家からの物質調達にかかる地政学的リスクを軽減し,友好国間でサプライチェーンを構築する方法としてこの用語が使われた。近年米国では,物資調達における脱中国を進めるため,商務長官ジーナ・レモンドがフレンドショアリングの推進を主張している。

台湾企業の対タイ投資

 通常,海外直接投資(FDI)を実施する前には,現地の政治,経済,社会,文化,風習に加え,投資額が多額に上る場合は為替リスクの検証を行うほか,土地,電力,マンパワー,天然資源,インフラなどの条件について評価を行う。蔡英文政権は2017~18年にかけ西向政策(対中投資)から南向政策(東南アジアや南アジアへの投資)への移行を奨励したが,その成果は大きくなかった。2019年頃になると,南向政策の成果が出始め,2021年以降は対東南アジア・南アジア向けの投資額は対中投資額を凌駕するようになった。この背景には,トランプ政権末期の米中貿易戦争による対中関税の引き上げや制裁,半導体サプライチェーンのデカブリング(分断),クラウド上のデータ保全,地政学リスクへの考慮から,チャイナ・プラス・ワン(China+1)やタイワン・プラス・ワン(Taiwan+1),フレンドショアリングが要請されるようになったことがある。

 東南アジア諸国は,それぞれの国に特色がある。タイについては,初期に日系自動車メーカーが進出し,その後,台湾の台達電子(デルタ,電源とトランスシステムに特化した電子機器メーカー),泰金寶科技(タイ最大の電子製造サービス(EMS)企業,金寶グループのタイ法人)などの電子分野やハイテク製品製造企業が進出するようになった。

 タイは仏教国家で(人口の92.5%は仏教徒),国民は性格的に温和と言われる。例えば,殺生を嫌うため,庭で蛇を見つけても追い払うだけという。過去には軍部によるクーデターが発生したが,政権交替レベルで国体をゆがめる事態には至っていない。大きな群衆デモによる流血事件や爆弾物を用いたテロ活動は極めて稀である。タイの3つの勢力は王室,国軍,民衆代表によってバランスが保もたれ,過去の混乱では国王が仲裁者となり,事態を収拾する役割を担ってきた。

 一方,マレーシア,インドネシア,ベトナムなどでは「華人排斥暴動」が発生している。これらの国々では,社会不安を引き起こす問題があると,度々群衆によるデモが発生する。共通の背景には,少数の華人が大多数の経済資産を掌握しており,多数を占める他のエスニックグループとの間に貧富の格差が生じ,そのことへの不満が暴動に結び付いていることがあげられる。この点,タイはこのような「華人排斥暴動」は生じておらず,タイ進出にあたり評価される点であろう。

 半導体産業や電子産業のサプライチェーンにプリント基板(PCB)は欠かせない存在である。近年,台湾のPCB企業のタイ進出が注目されている。タイのプラーチーンブリー(Changwat Prachin Buri),ムアンチャチューンサオ郡(Amphoe Mueang Chachoengsao),チョンブリー(Chonburi),ラヨーン(Rayong)などには台湾企業が集積している。プラーチーンブリーなどの地域は首都バンコクから東北側約100キロに立地している。タイを南北に流れるチャオプラヤ川はバンコクの北側を通るため,大雨の時には水没しやすい地域があるが,東北側の地域にあたるプラーチーンブリーは比較的に地勢が高い。バンコクから北方に60キロほどに位置するアユタヤ(Ayutthaya)は,防洪壁によって洪水の進入を阻止されており,日系自動車メーカーの基地があった。しかし,2011年には大規模な洪水が発生し,日系企業も甚大な被害を蒙った。現在,ホンダの工場は,アユタヤからプラーチーンブリーに移設されている。

 台湾のPCB企業のタイ進出は先述のChina+1やTaiwan+1の動きを受けたことによる。タイはプーケットなどリゾートへの旅行がブームになっていて,「観光大国」となっている。一方,「農業大国」でもあるが,将来は「製造業大国」になる可能性を秘めている。タイの自動車産業は持続的に発展することが考えられ,特に今後は電気自動車(EV)へと発展すると考えられる。PCB企業がタイに進出したあと,英業達(Inventec)が安価な人件費に着目し,サーバーの組み立て工場をタイに設けている。

 台湾企業は,タイ進出に際し,洪水リスク,バンコク市内の交通渋滞など様々な事象を検証し,極めて高い適応能力を発揮している。台湾商人は「アメーバの如く,叩いても死なないゴキブリ(小さくて強い奴のたとえ)だ」という表現があるように,勤勉で市場の変化に直ちに柔軟に反応できる習性をもち,時代の趨勢に企業も直ちに合わせて変化する能力を持っている。

 1990年代,台湾の電子企業の職員は職場に旅行用のトランクを備え,上司からの命令で直ちに上海に出張していた。今後は出張先としてタイが増えることが見込まれる。時差も大きな差がなく,食生活でも豊かなグルメ大国として台湾との共通点が多い。現地の幹部には華人・華僑(特に潮州系の2世や3世)の割合が多く,現地でのコミュニケーションの問題を解決してくれる頼りになる存在だ。台湾企業がタイへの駐在員を募集すると,多くの幹部は喜んで赴任する。派遣された幹部は手厚い給与のほか現地滞在手当が付き,現地の物価が安いため,初期に派遣された駐在員は台湾への帰国を希望せず,現地で豪邸を購入し,運転手,家政婦を雇い,子女はインターナショナルスクールで勉学し,卒業後にはアメリカやイギリスに留学している。今後,フレンドショアリングによる新しい潮流が生まれると,台湾とタイとの関係は一層緊密化してゆくと考えられる。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3202.html)

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