世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3162
世界経済評論IMPACT No.3162

峠を越えつつある中国不動産危機

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.10.23

 2.4兆元という世界最大規模の負債を抱えた恒大集団の債務処理が,峠を越えつつある。創業者でありCEOでもある許家印氏の身柄は当局に拘束された。これに先立ち,9月には傘下の保険会社である恒大生命の資産が接収され,集団の資金調達を担っていた資産運用会社の幹部が拘束されている。恒大集団は約6千億元の債務超過に陥っており,今後は,金融監督管理総局の主導により,資産処分とそれによる債務返済の手続きに移行される見込みである。

 中国の不動産開発業界全体が抱える債務はあまりに巨額であり,かつ個々の開発物件の権利関係や許認可関係も相当に入り組んでいるので,一刀両断かつ速攻での解決は不可能だ。実際,どこからどう手つけるのが良いか,未だに模索の段階にあるといえる。まさに「走一歩看一歩(一歩進んで様子を見る)」という状態にある。

 しかし,恒大集団の債務問題に対する政府の取組は,一つの解決モデルを提示している。これは三方向からのアプローチである。まず,「保交楼(物件引き渡し)」の加速である。恒大集団の場合,同社の財務年報によれば,資金繰り難のために中断していた732物件を対象に昨年から工事を再開し,現在までに約30万軒の引き渡しを実施した。今年10月時点で,依然677物件が未完工となっているが,それでも相当な進捗であると言える。「保交楼」の加速は恒大集団のみならず,不動産開発業界にとって最優先の課題となっている。購入者の信頼回復のためにも最優先されるべき課題である。

 次に,物件を完工させるための資金調達は,「羊毛出在羊身上(金は払うべき者が払う)」という原則が導入されている。中国の場合,新築住宅の90%が完工前に購入されるという。住宅購入資金を支払ってから入居するまで1~2年待つのは当たり前のことのようだ。しかし,不動産開発業者の多くは,こうして集めた資金を新たな物件開発に流用し,それを担保に資金を調達するという,ねずみ講的な事業拡大モデルを採っていた。これを停止させ,物件毎に工事資金を確保させるという指導も行われている。但し,不動産開発業者の多くは,新規の資金調達ができないため,地方政府が物件毎に投資会社を設立し,これを通じて建設資金を注入している。この資金は,不動産開発会社が保有する未開発の土地や,既存物件の管理収入,あるいは物件開発を担当する開発業者の子会社などの資産を処分することによって回収する。また,購入者の不安を緩和するため,未完工物件については,住宅ローン返済の開始を完工まで猶予するという対策も行われるようになっている。

 最後に,一国の経済を揺るがしかねない危機的な状況をもたらした不動産開発業者や関連事業者の責任追及と制度改革である。冒頭の許家印氏の拘束に留まらない。過度な資金調達による「野蛮成長」を容認・後押ししてきた監査法人やコンサルティング業界,さらには海外での資金調達の仲介を行ってきた欧米系投資銀行も含まれる。今年の3月財政部は,国際四大会計事務所の一つに3カ月の営業停止と1,190万元の罰金という処分を課したが,これもその一環ではないかと思う。租税回避国にVIE(変動持分事業体)を設立し,それをニューヨーク株式市場で上場させるという資金調達スキームについても規制が強化されている。また,完工前の物件の販売を原則禁止することも検討されているという。武漢など一部の地方では,物件購入時に組んだ住宅ローンの元利返済を引き渡し完了まで猶予するという施策も実施されるようになっている。

 住宅ローン金利の引き下げや購入規制緩和策,それに上記のような処理方針が見えてきたこともあってか,国慶節の休暇を機に,大都市部では引き合い件数の増加など需要回復の兆しも見えてきた。一方で,開発業者の淘汰と生き残る事業者のリストラは粛々と行われている。8月,売り上げ1千億元を超える大手開発業者の陽光城が上場廃止となった。昨年来,上場廃止となった不動産開発業者は今年に入ってからだけでも同社を含め9社に上る。また株式取引停止となったものは16社である。こうした淘汰や,生き残りを賭けた企業の経営努力は,業界の構造改革を促し,新たな発展の可能性を切り開くことになるかもしれない。

 金融分野でのシステミックリスクも制御されている。銀行は2020年の「三条紅線」規制導入以降,不動産業界に対する新規融資を手控えている。借り手は左記の規制をクリアすべくなけなしの資金を返済に充当してきた。この結果,銀行の不良債権比率はむしろ低下傾向にある。

 省・市別にみると,銀行の不良債権比率が高水準にあるのが海南省,甘粛省それに河北省である。海南省の銀行の不良債権比率は約5%,甘粛省は4%,河北省は2%である。いずれも無茶苦茶な不動産開発投資が行われた地域だ。それ以外の省市はいずれも2%未満である。しかも,昨年末時点と今年6月末を比べると,殆どの省市において不良債権比率はわずかながらも低下している。不良債権の査定が甘く,本来は不良債権であるべき貸し出しが要注意債権に分類されているケースもあると思われるので鵜呑みにはできないが。

 ただ,8月に相次いで公表された大手銀行の上半期決算報告を見ると,国有銀行はじめ大手銀行はいずれも増収増益を見せているうえ,不良債権比率も僅かながら低下傾向を見せている。上位20行の自己資本比率はいずれも10%を超えている。90年代,日本の不動産バブルが崩壊した時とほぼ同時期に,BIS規制による銀行の自己資本比率強化が行われ,銀行が一斉に「貸し渋り,貸し剥がし」に走った結果,長期に渡るバランスシート調整不況に陥ったのとは大きな違いだ。

 無論,不動産不況により多くの企業が上場廃止や破綻処理に追い込まれ,その結果,関連業種も含めれば,おそらく百万人単位で雇用が失われていることは事実である。恒大集団だけ見ても,昨年以降15万人にのぼる従業員が解雇された。また,開発業者の株式が紙くず同然になり,虎の子の資産を失った個人投資家も多々いるはずだ。大手不動産開発会社の資産運用会社が販売した理財商品も無価値になっている。不動産所有者は,保有物件の市場価値下落に戦々恐々としていることも間違いない。これらのことが,ゼロコロナ政策解除後の中国経済の回復に影を投げかけていることは間違いないだろう。ただ,事態はコントロールされているし,恒大モデルが実施される中,トンネルの先にかすかな光が見えつつあるという状況と見るべきだと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3162.html)

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