世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
第4 ASEAN協和宣言を採択
(亜細亜大学 特別研究員・ITI客員 研究員)
2023.10.16
2023年9月5日にジャカルタで開催された第43回ASEAN首脳会議で第4 ASEAN協和宣言(ASEAN Concord Ⅳ)が採択された。宣言の名称は,「ASEANは重要,成長の中心に関するジャカルタ宣言」である(注1)。
ASEAN協和宣言はこれまで3回インドネシアで開催されたASEAN首脳会議で採択されている。1976年にバリで開催された第1回ASEAN首脳会議では,ASEAN協和宣言(ASEAN ConcordⅠ)を採択し,東南アジア友好協力条約(TAC)の署名,産業協力など経済協力の実施,経済大臣会合の定期開催,ASEAN事務局の設置などに合意した。2003年の第9回首脳会議では第2 ASEAN協和宣言(ASEAN ConcordⅡ)を採択し,安全保障共同体,経済共同体,社会文化共同体から構成されるASEAN共同体の創設を宣言した。2011年の第19回首脳会議で採択された第3 ASEAN協和宣言(Bali ConcordⅢ)は,「諸国家のグローバルな共同体におけるASEAN共同体に関するバリ宣言」という名称であり,ASEANの能力を強化しグローバルな課題にASEANとして協力していくことを約束した。
ASEAN協和宣言では,行動計画(programme of action)が採択されている。第1 ASEAN協和宣言では,政治協力,経済協力,社会協力,文化協力,安全保障協力,ASEANの機構の改善の5つの柱があげられ,第2 ASEAN協和宣言では,安全保障共同体,経済共同体,社会文化共同体の3つの柱となっている。第3 ASEAN協和宣言では,グローバルなレベルでのという前置きがあり,政治安全保障協力,経済協力,社会文化協力という3つの柱が提示されている。
首脳会議の議長声明によると,第4協和宣言は「ASEANの人々と地域にとってASEANは重要であることとASEAN,インド太平洋およびその他の地域の成長の中心であり続けることを確保するための努力を強化すること」を目的とし,強靭で革新的,ダイナミックで人々が中心となるASEANを構築するためのASEAN共同体ビジョン2045に向けての作業の強固な基盤となるとともにASEANのコミットメントを反映する文書である(注2)。
AOIP実施が行動計画に加わる
第4協和宣言では,16項目の約束が宣言され,次に行動計画として,「ASEANは重要」,「成長の中心」,「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)の実施」という3つの柱が示されている。16項目の約束は,ASEAN共同体ビジョン2025の全面的実施,ASEAN共同体ビジョン2045の作成を筆頭に多国間主義の支持,ASEAN中心性や包摂などの原則,ASEANの強化,経済成長の中心,SDGsアジェンダ,強靭性などの目標を列挙している(下記概要を参照,以下同じ)。
行動計画の「ASEANは重要」は,従来の治安全保障共同体の内容を継承したものである。主な内容は,人権保護,常駐代表委員会など制度と組織強化,中心性強化などASEANの強化と制度改革,越境犯罪や違法薬物対策,南シナ海の航行の自由,行動規範の実現など安全保障で合計10の計画があげられている。
「成長の中心」は,経済共同体と社会文化共同体の一部の内容を対象としている。経済共同体関連では,連結性強化,ATIGAアップグレードとRCEPの全面実施,サービス産業強化,DXの加速,デジタル統合の加速,開発格差縮小など15の行動計画を含み,社会文化共同体では,ブルーエコノミー,循環経済枠組みの実施,村落開発,移民労働者の保護,気候変動,防災などの協力など15分野を対象としている。
「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)の実施」は,第4協和宣言で加わった新しい柱である。具体的プロジェクトによるAOIP実施,ASEAN中心性を協力の原則としASEAN主導のメカニズムによる協力の実施などAOIPの原則などを確認する内容となっている(注3)。
インドネシアの強い危機意識が反映
第4ASEAN協和宣言の意義は,ASEAN共同体2045の方向性と主な課題を示したことである。ASEANは2015年に政治安全保障共同体,経済共同体,社会文化共同体から構成されるASEAN共同体2015を創設した。現在は2025年を目標年次とするASEAN共同体2025の実現を目指している。ASEAN共同体2025は2015の未達成目標の実現と新たな課題への取組みを行っている。ASEAN共同体2045はASEANの経済発展,ASEANを取り巻く国際環境の変化や技術革新などによりASEANが直面する課題に挑戦することになり,第4協和宣言はASEANの挑戦すべき課題の概略を3つの柱により提示した。
注目すべきは,政治安全保障,経済,社会文化という従来の3つの構成が変わり,AOIPが入ったことである。インドとアフリカを含むインド太平洋地域が米中の地政学的な対立と経済発展のフロンティアとして世界から注目されている一方でASEANとくにインドネシアはインド太平洋の中心に位置している。インド太平洋構想は日米豪印,欧州主要国により推進されてきており,ASEANがその中で埋没してしないためにはASEAN中心性と経済協力を強調するAOIPを打ち出す必要があった。AOIPはインドネシアのイニシアチブによりASEAN首脳会議で採択された構想であり,第4協和宣言の柱となったことは議長国インドネシアの強い意志があったと思われる。
「ASEANが重要」,「成長の中心」という他の2つ柱は,助川(2023)が指摘するように2021年2月の軍事クーデター以降のミャンマー危機や南シナ海の領域対立に実効ある対応策がとれないASEANへの懐疑論や経済成長率の低下などで求心力が低下するASEANに対するインドネシアの危機意識が強く反映されている(注4)。協和宣言には多くの約束と行動計画が盛り込まれている。協和宣言には法的拘束力はないが,宣言の約束の実現と行動計画の実行はASEANの制度的な強化と求心力の回復,持続的な経済成長を実現するASEAN共同体2045の構築に極めて重要である。
第4協和宣言の概要
(宣言:16項目の約束)①ASEAN共同体ビジョン2025の全面的な実施とASEAN共同体ビジョン2045と関連文書作成,②平和,安定,安全保障の維持の責任分担,③国連憲章と国際法に基づく多国間主義の支持,④持続的成長に必要な平和な環境のための対話,協力による諸国間の戦略的信頼の構築,⑤未来に備えるASEANとASEAN中心の地域アーキテクチュアのインド太平洋での構築,⑥ASEANの能力・制度強化,⑦加盟各国の平和的で前進する開発の確保,⑧貧困削減,開発格差是正などによる包摂的なASEAN共同体,⑨地域の経済成長の中心,グローバルな経済成長のエンジンとなる強靭な経済アーキテクチュアの構築,⑩国連2030年SDGsアジェンダの実施,⑪災害やパンデミックなどグローバルな課題と将来のショックに対する強靭性強化,⑫ASEANのアイデンティティ強化,⑬弱者を含むASEANの人々への関与とエンパワーメント,⑭ASEANにおける人権と基本的な自由の促進と保護,⑮地域の経済と安全保障アーキテクチュアにおけるASEAN中心性と中核的役割,⑯域外諸国,地域および国際機関との友好的で互恵的な関係。
(行動計画)A.ASEANは重要
(ASEANの強化と制度改革)①人権の保護と促進,②ASEAN首脳会議の意思決定プロセスを支える手続きルールへの留意,③常駐代表委員会(CPR)を含むASEANの制度と組織の強化,④ASEAN共同体2045を含むASEAN共同体構築のアジェンダを策定する十分なリソースの確保,⑤ASEAN主導メカニズムを通じた域外パートナーとの関与におけるASEANの団結と中心性の強化,
(安全保障)⑥越境犯罪との戦いにおける強靭性と能力の強化,⑦違法薬物対策における協力強化,⑧核兵器と大量破壊兵器のない地域としての東南アジアの維持,⑨1982年国連海洋法条約(UNCLOS)を含む国際法に準拠する南シナ海における平和,安全保障,安定,安全および航行と上空飛行の自由の維持促進,⑩UNCLOSを含む国際法に準拠する南シナ海における実効的実体的な行動規範の実現。
B.成長の中心
経済共同体と社会文化共同体の一部
(経済共同体関連)①成長の中心としての地位と連結性強化,②食糧安全保障と栄養(nutrition),③公正で包摂的なエネルギートランジション加速とエネルギー安全保障実現のための域内連結性,④ASEAN物品貿易協定(ATIGA)とASEAN+1FTAのアップグレード,RCEP全面的実施,⑤サービス産業の競争力強化,⑥ASEAN産業プロジェクトイニシアチブ加速,⑦ASEAN地域決済連結性(regional payment connectivity)加速と地域通貨決済の促進,⑧金融の安定と金融統合深化,零細中小企業の金融アクセス改善,⑨マクロ経済ポリシーミックス強化とショックおよびリスクへの対応能力改善,⑩デジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速,デジタル統合の強化,デジタルディバイドへの取組み,ASEANデジタル経済枠組み協定(DEFA)への取組み,⑪ASEAN地域の電気自動車エコシステム,⑫SDGsを支持するASEAN基準調和ロードマップの作成,㉚ASEAN統合イニシアチブに沿った地域統合と開発格差縮小の強化,㉛サブリージョナル開発におけるASEANの団結と中心性の協調。
(社会文化共同体関連:環境,健康,働き方,社会的弱者,防災,貧困,教育など)⑬ASEANブルーエコノミー枠組みの実施,⑭ASEAN循環経済枠組みの実施,⑮地域健康アーキテクチュアの強化,⑯働き方の未来(Future of Work)のための人材育成,⑰高齢者・障害者・女性と子供など社会的弱者の権利と福祉の促進,保護の強化,⑱家族の役割の強化,⑲移民労働者の保護,⑳ASEANの青年の能力強化,㉑気候変動,越境煙害などの環境問題での協力強化,㉒防災およびリスク削減,ASEAN防災のための人道支援調整センター強化,㉓村落開発と貧困削減促進,㉔質の高い教育へのアクセス確保,㉕教育システムのDX加速,㉖持続的成長(グリーンASEAN),㉗ASEANスマートシティネットワークを通じた持続的なスマートシティ開発,㉘SDGs目標とユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)加速,㉙気候および災害に対する強靭性の強化(持続的強靭性),
C.インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)の実施
①経済と安全保障のアーキテクチュアを形成し東南アジアとインド太平洋地域の平和,安全保障,安定,繁栄を実現するというASEANの決意の支持,②具体的かつ実践的なプロジェクトによりAOIPを実施,4分野の協力のための対話と協議のプラットフォームの継続,③ASEAN連結性マスタープラン(MPAC)とAOIPの実施を支援するための包摂的な経済協力,④ASEAN主導のメカニズムを通じた対話国・域外国の関与・協力を強化し,ASEAN中心の開かれた包摂的で透明,強靭,ルールに基づくアーキテクチュアの維持,⑤国際法の普遍的に認められた原則に基づく紛争の平和的解決,⑥AOIPを全ての対話国との実際的で具体的なウィン・ウィン協力の手段と考える,⑦ASEAN中心性をインド太平洋地域の協力の原則と確認しEASのようなASEAN主導のメカニズムにより協力を促進,⑧AOIP4分野の協力を通じた今後の課題と将来のショックへの強靭性強化。
[注]
- (1)英文では,Jakarta Declaration on ASEAN Matters: Epicentrum of Growth(ASEAN Concord Ⅳ)である。
- (2)Chairman’s Statement of the 43rd ASEAN Summit, Jakarta, Indonesia, 5 September 2023.
- (3)AOIPについては,石川幸一(2020)「ASEANのインド太平洋構想(AOIP):求められる構想の具体化とFOIPとの連携」,ITI調査研究シリーズNo.101,国際貿易投資研究所,を参照。
- (4)助川成也(2023)「議長国インドネシアの危機感が表れた第4 ASEAN協和宣言」,ASEAN統合の実態第230回,時事速報2023年9月15日付け。
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