世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
当てにならない経済人の言葉
(元信州大学先鋭研究所 特任教授)
2023.10.09
我が国の高学歴者は約8割が文系出身者である。経済金融関係ではその比率はより高い。図らずも「世界経済評論」の一隅に関わらせていただいているが,ほとんどの方々がエネルギーについて誤解をしているのではないかと感じている。ノーベル経済学賞を席巻しているシカゴ学派は社会に貢献しているのだろうか。日本の科学技術と産業力再生の議論はエネルギーの理解無しでは上滑りになる。改めて基礎産業系出身のいち技術屋の見方を述べたい。
重厚長大産業に大きく関わる学問領域の応用化学・化学工学(以下,応用化学)では,日米ともに「モノの価格はエネルギーコストである」と教えていた。今日,ITと金融が産業経済の行末を担うと専門家や行政官が信じている時代にあってもバリューチェーンの上流に位置する製造業は国家の土台を支えている。中国というリスクを踏まえると,たとえお金があっても地政学的リスク,どこで製造してどうやって輸送するかという生産活動に関するリスクを債券売買のリスク回避のようには扱えないことがますます顕著になっている。未だに外交優先,話し合いをしろと声高に唱える人々は荒々しい現実と文字の中の幻想との区別がついていない。改めて,農林水産業を含めた製造業のカントリーリスク戦略を見直してみる必要があると思う。サッチャー首相以来,製造業を捨てて金融とITで国家運営を進めている英国はBREXITでもたらされた苦境に陥っている。ドイツは高騰する電気やガスといった基礎エネルギー不足と価格高騰に耐えかねて製造業が国外へ流出し,GDPがマイナスに陥ることが予想され,メディアでは再び欧州の病人と揶揄されている。
エネルギーと経済をリンクできる説明か研究資料はないかと日々考えあぐねていたところ,2022年3月23日に慶應義塾大学産業研究所の野村浩司教授が財務省ランチミーティングで講演した資料をWEBで発見した。経済学は専門外の筆者にも示唆に富む内容である。
20世紀後半に応用化学系でモノの価格=エネルギーコストと言っていたのは石油ショックが原因ではない。野村教授も,「カッシューム・ブルックス仮説(エネルギー生産性が高まってもエネルギー消費は拡大)」について取り上げている。我が国でも昭和初期に「石油の一滴は血の一滴」と言っていたことから判るようにエネルギー供給力は国力と直結する。ごく簡単に説明すると,経済活動は単にモノを製造して販売するという単純なものではなく,野村教授が「エネルギー分析用の生産勘定」としているように,原材料・部品投入,エネルギー投入,サービス投入,資本投入,労働投入,産出が揃わなければならない。その中で,原料獲得,輸送,生産,労働などエネルギー無しでは達成できない(人の活動は食糧というエネルギーがなければ成り立たない)。資本投入も昔は金貨や札束を運ぶ必要があり,江戸時代は大阪の相場を飛脚が伝えていた。今日ではデジタル化によりクリック一つで済むとはいえそのWEB維持に電力というエネルギーを必要とする。エネルギー無しでは経済活動そのものが存在し得ない。
古代ローマ帝国の時代も人力と家畜(馬やゾウなど)によりローマ街道,軍団陣地,戦闘,インフラ整備をしていた。これを支えていたのは人馬の食料である。応用化学的感覚ではエネルギーの形態が異なるだけで,食料が持つエネルギーを人力馬力に変換して労力とし,その労力によって物質の形態変化を行なっているということになる。物理的表現を使うと,レンガを積み上げることは食料の持つ熱エネルギーを位置エネルギーに転換したということになる。
炭化水素から成り立っている小麦が二酸化炭素と水に変換される過程から得られるエネルギーは,炭化水素である石油から二酸化炭素と水が生成される過程で得られるエネルギーと同じである。もう少し正確に表記すると次のようになる。純粋な炭素1モル(12グラム)が二酸化炭素になる時には394kJ(キロジュール)の熱が放出される。これは小麦,木材,石炭,石油の区別なく同じである。
植物は光合成で二酸化炭素をグルコース(ブドウ糖)に変換するので,植物由来のエネルギーは再生エネルギー,エコであるというが実際はどうなのか? 二酸化炭素1モル(44グラム)からグルコース1/6モル(30グラム)が生成されるが,この反応を起こすには理論上最低でも480 kJ(キロジュール)のエネルギーを加える必要がある。エネルギーを加える過程で「その工程を進めるためのエネルギー」が必要になるので,「最低でも」というのは非現実的である。実際,光合成反応はエネルギー的にはかなりの「エネルギーの無駄使い」を伴いながら太陽からの光エネルギー(量子エネルギー)をグルコース(物質)の形に変換している。つまり植物を介した再生エネルギーは,一見,エネルギーの消費と生成が均衡するように喧伝されているが,「エネルギーの無駄使い」分を補給しなければならないことを前提に話をする必要がある。樹木燃料活用が単純にカーボントレードオフにならないことを理解していただければ良い。COPでは「係数」でこの差を補っているが,その数値も科学的には理論値からの推定であり科学的検証は途上である(微細藻類,つまり「藻」の方が木本直物や草本植物よりかなり高効率で光エネルギーを化学物質に変換することは知られている)。
野村教授が注意を喚起していることは,エネルギー多消費型の産業からITや金融などの第三次産業への転換と言っても,電子取引も含めてモノを輸入することは間接的にエネルギーを輸入する点である。省エネを推進しても社会経済活動に必要なモノを輸入に頼るならば,そのエネルギー源単位を算入してエネルギー収支を勘案しなければいけない。さらに,日頃,債券や為替で日米の経済状況比較を行う場合は,経済に関するマターだけではなく日米の実質エネルギー格差の比較を見なければならない。野村教授によれば,2010年ごろまではこの格差が縮小傾向であったが,近年は拡大傾向に反転している。最近の円安はこの格差拡大に拍車をかけているだろう。つまり,貿易収支だけではなくエネルギー格差が日本の産業経済を弱体化しているのである。経済の論理だけで議論を進めることは我が国の発展にとって危険である。
電力は保管が難しいが最も使いやすいエネルギーである。野村教授の説明では電力実効輸入依存度という指数が説明されている。この考え方を電気自動車EVに当てはめると,統計的数字を持ち合わせていないものの,リチウムイオン電池とその材料を中国に依存している欧州はかなりの電力を中国に依存していることになる。火力が主流の中国からEVと電池を輸入することは,環境対策逆行することにもなり欧州の掲げる脱炭素も土台が揺らいでいると言わざるを得ない。欧州は輸入に際して炭素クレジットを使おうとしているが,昨今のESG投資欺瞞からわかるように眉唾の指標なので欧州の独りよがりでしかないだろう。
マスコミが混乱しているのはEVに関する固定資産との流動資産的区分けである。太陽光や風力発電電力は確かに二酸化炭素を発生しないが,あくまでも流動資産である。逆にEVおよび発電に必要な太陽光パネル(ほとんど中国製)や発電機(中国のシェアが増大している),充電設備(主要材料の銅の大半,半導体の半分ぐらいは中国製)といった固定資産は化石燃料をエネルギーとして生産されている。このように見ていくと欧州の電力実効輸入依存度はかなり高い。二酸化炭素排出抑制を主張するなら電力実行輸入依存度の比較なしで我が国の産業を非難することは控えた方が良いのではないか。
環境という宗教に取り憑かれた人は,「太陽光,風力など自然エネルギーは化石燃料とは違う」と主張する。しかし,地熱を除くと使えるエネルギーは基本的に太陽定数という(ごく簡単に)地球が太陽から受け取る熱量(1.37 x 103 W/m2)という量子的エネルギーをどのくらいの割合で電気や物質に変換できるかという物理学的計算に帰結する。太陽定数の変換効率は光合成に適うものはまだ工業化されてなく,太陽光発電や風力発電は変換効率がかなり悪い。エネルギー収支という観点から10年100年単位で考えた場合,環境推進派が絶賛する再生可能エネルギーが良いと言えるかどうか答えは出ていない。太陽光や風力発電は短時間で太陽定数を電気に変換,水力発電は数ヶ月から数十年,穀物は1年,化石燃料は地質学的年数というように,現在使われているエネルギー形態は時間軸の違いでしかない。他方,現在の温暖化予想は全てシミュレーションであり科学の本来の姿である予想と実証というプロセスを経ていない,否,むしろ自分たちの都合の良いように実証抜きで「シミュレーション予想」を行っている。本当に温暖化を解決する意思があるなら,むしろ太陽定数に支配されない核分裂を使う原子力や将来の希望の星の核融合の実用化に全力を傾けるべきである。
- 筆 者 :鶴岡秀志
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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