世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の支出は堅調,所得は低調
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.09.11
拡がるGDPとGDIの乖離
米国の2023年4-6月期の実質GDP(国内総生産)は,前期比年率換算+2.1%(一次改定後)と,1%台後半とされる潜在成長率を4四半期連続で上回った。一方,実質GDI(国内総所得)は同+0.5%と,過去2四半期のマイナス成長からプラスに転じたものの,低い伸びに留まった。国民所得統計の三面等価の原則では,生産・支出側のGDPと所得側のGDIは,定義上同一である。しかし,実際には,両者の間には統計推計上の誤差がある。足元で両者の乖離は拡大し,実質GDPは堅調に推移しているのに対し,実質GDIは頭打ちとなっている。米国の景気が強いのか弱いのか,判断しにくい状況だ。
実質個人所得はコロナ禍前より鈍化
支出堅調,所得低調という姿は,個人の支出と所得にも見られる。実質個人消費支出は,コロナ禍初期に急減した後,大きく回復し,2021年3月頃からコロナ禍前からの増加トレンドの延長線上でほぼ推移している。直近の7月時点では前月比+0.6%,前年同月比+3.0%であった。一方,個人所得の基調を示す経常移転受取を除く個人所得は,物価上昇を割引いた実質ベースで見て,コロナ化禍初期の急減から2020年10月までは急回復したが,その後の増加ペースはコロナ禍前より鈍化している。7月時点では前月比+0.2%,前年同月比+1.4%に留まっている。
8月分雇用統計によれば,個人所得と相関が強い民間非農業部門賃金総額は,前月比で+0.7%増えた。ただ,9月6日時点のクリーブランド連銀のインフレ・ナウキャストによれば,エネルギー価格の上昇で8月の個人消費支出価格指数は前月比+0.6%の上昇が予想されている。実質ベースでの個人所得の伸びは,8月も鈍そうだ。
コロナ禍のもとで政府から家計に支給された給付金は,すぐには支出されず,個人貯蓄率は急上昇した。しかし,それが徐々に消費支出に回るようになり,貯蓄率は低下した。7月時点では3.5%とコロナ禍前の9%前後という水準を大きく下回っており,給付金を取り崩して消費支出に回す動きが続いていると見られる。こうした動きがいつまで続くのかはわからないが,それが一巡すれば,貯蓄率はコロナ禍前に近い水準に上昇するだろう。所得の伸びが低いもとで貯蓄率が上昇すれば,消費支出は大幅に鈍化する。
企業利益は4四半期連増で減少
企業部門に目を転じると,4-6月期の企業利益は,前期比−0.4%,前年同期比−6.5%となった。前期比での減少は4四半期連続である。企業利益のGDP比は非住宅投資のGDP比に先行する傾向がある。企業利益の減少は,これまで堅調に推移してきた非住宅投資が,早晩頭を打ちそうなことを示している。
このように,個人や企業の支出・所得状況を見ると,支出と所得の動きのずれは,GDPとGDIの統計推計上の誤差に留まらず,景気鈍化の兆しと捉えられる。ただ,問題は実質GDPの大幅な鈍化といった誰の目にも明らかな形でいつ現れるか,わからないという点だ。9月6日時点のアトランタ連銀GDPナウキャストで,7-9月期の実質GDPが前期比年率換算+5.6%と,高い伸びが予想されていることなどを見ると,すぐに景気が失速することはなさそうだ。
金融市場では9月19,20日のFOMCでは利上げが見送られるという見方が一般的なようだ。ただ,利上げが見送られたとしても,それで利上げを打ち止めにすべきか,という点についてはFRBとしても判断に迷う状況がしばらく続くのではないかと考えられる。
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