世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3025
世界経済評論IMPACT No.3025

米“対中半導体規制”の強化か:地経学上の要請とAI企業の苦悩

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.07.10

NVIDIA,「1兆ドルグループ」入り

 「Chat GPT」など生成AI(人工知能)の“時代の寵児”は,半導体大手のNVIDIA(エヌビディア)である。このブームの中核の一角を担い,追い風に乗って,5月30日には同社の時価総額が一時1兆ドル(約140兆円)に達した(『日本経済新聞』2023年6月1日付)。

 NVIDIA はGAFA(Google(アルファベット),アップル,Facebook(Meta),Amazon)などを代表とする米巨大テクノロジー企業による「1兆ドルグループ」の仲間入りを果たした。半導体関連企業としては初めての出来事であり,ハイテク業界の勢力図は大きく変化した。

 2022年10月7日の米商務省産業安全保障局(BIS)の対中半導体規制(以下,規制)によって,NVIDIAの時価総額は低下したが,生成AIブームによって再び大きく躍進した。

 また,AIブームによって,アップルの株価が史上高を記録し,3兆ドル近くにまでに達し,時価総額は世界ランキングの7位に達した。これは英国一国のGDPに相当する。

新しい“対中半導体規制”のターゲットはAIか

 AIは,米中対立の新しい火種となり,昨年10月にBISは「規制」を導入した。筆者は巻末に記載した3本の寄稿で,その規制について紹介した。詳細はそれを読んでいただきたい。

 2022年9月にNVIDIAは「BISから輸出の許認可証明を得ていない」という理由で,中国向けA100とH100の出荷を停止すると発表した。同年10月にバイデン政権は,対中国「規制」を発表し,軍事転用できるHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング),スーパーコンピューター,量子計算などに関連する半導体の対中輸出を事前輸出許可制とし,事実上の輸出禁止とした。この措置はNVIDIA,AMD,マイクロン・テクノロジーなど米系企業の対中ビジネスに大きな影響を及ぼすことになる。

 特に規制に引っ掛かったNVIDIAの「A100」の性能は,ピーク時の総演算能力4,992TOPS(TOPS=1秒当たりの電力効率を表す単位),I/Oピーク時帯域幅600(GB/S)でTSMCの7nm(ナノメートル)を搭載している。一方,上級機種「N100」の性能は,ピーク時の総演算能力24,208TOPS,I/Oピーク時帯域幅600(GB/S)でSMCの4nmを搭載するAI対応高性能GPU(画像処理装置)である。

 また,同じくライバルのAMDの「MI210」は,ピーク時の総演算能力1,448TOPS,I/Oピーク時帯域幅800(GB/S)でTSMCの6nmを搭載している。一方,「MI250」は,ピーク時の総演算能力2,897TOPS,I/Oピーク時帯域幅800(GB/S)でTSMCの6nmを搭載している。更に上級機種の「MI250X」は,ピーク時の総演算能力3,064TOPS,I/Oピーク時帯域幅800(GB/S)でTSMCの6nmを搭載したGPUである。

 その後,NVIDIAは「A100」および上級機種のGPUが,「規制」に抵触するため,それぞれ性能を落とし,チップに機能制限を組み込み,「規制」をパスした。この「A800」は,中国の顧客も満足させる性能となっており,2022年9月末までに生産が開始された。

 『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』(6月27日付)の報道によると,バイデン政権は新たに「規制」を拡大し,AI用半導体の中国向け輸出を禁止すると伝えた。NVIDIAが中国市場向けに開発した「A800」などは認可を得ないと輸出ができなくなる。最新情報によると,早くて7月にも次の生成AI向けの「規制」が公布されるという。当然,NVIDIAのライバル企業のAMDのGPUも規制の対象である。NVIDIA,AMDの売上高と中国のAI産業の発展に影響を及ぼすことは必至だ。

 NVIDIAの売上高に占める中国市場のシェアは20~25%に及ぶ。NVIDIAの広報は,規制による業績と株価への悪影響を牽制し,「現在,世界のGPUのニーズは大きく,7月に発表されかも知れない新らたな規制措置が直ちに当社に“財務の衝撃(immediate financial impact)”を惹き起こすことはない」とアナウンスした。しかし,「AI半導体の中国への輸出制限は,米国産業の発展の機会を“永遠に喪失(permanent loss of opportunities)”させた」とする自社の見解を述べた。

 NVIDIAのジェンスン・フアンCEO(最高責任者)が6月初めの台湾での講演時に「米国のハイテク業界の売上高の約3分の1は中国市場からだ。全面禁輸やデカップリング(分断)になった場合,失う3分の1の売上高を何で代えることができるのか」と大きな懸念を述べていた。

 また,6月28日にNVIDIAのCFO(財務最高責任者)Colette Kressは財務会議で「新しい規制はNVIDIAの財務に直ちに影響を及ばしはないが,将来のNVIDIAの発展に悪影響を与える」と述べた。「BISの新しい規制によって,AI向け半導体のA800とN800は中国に輸出することができなくなる」が,「NVIDIAの製品は世界からの需要が多く,新規制が発令されても財務には影響を及ぼすことはない」と繰り返した(ロイター通信,CNBCなどの報道)。

規制による中国への影響

 6月29日,フラッシュメモリ チップを専門とする中国の国有半導体統合デバイスメーカー長江存儲科技(YMTC=長江メモリ)の陳南翔会長・CEOは,「規制によって,欧米の最新半導体製造装置の輸入ができなくなるため,中国製装置の性能が向上せず,企業の発展に大きな障害になっている」と悲鳴をあげた。

 中国検索エンジン市場のシェア2位の「Sogou(捜狗)」の創業者の王小川は,自社の持株をテンセントに35億ドルで売却した。2022年11月,王氏はOpen AI会議に出席し,AI領域のベンチャー企業に参入する可能性に注目が集まっている。一方,「中国のAIの父」と呼ばれ,動画に特化したソーシャルネットワーキングサービスTikTok(抖音)の親会社「字節跳動(ByteDance)」,京東商城(JD.com)とGoogle Chinaの元社長で,台湾生まれの李開復(カイフ・リー)は,150億ドルを投資し,生成AI分野に参入すると見られている。中国企業は恐らくBISの規制がAI分野に伸びると警戒し,この数か月にNVIDIAにAIサーバー向けA800などを大量に発注した。

 ファブレス大手の米・クアルコムの売上高の約60%は中国市場からのものであり,新しい規制が実施されれば,業績の悪化は免れないだろう。しかし,この規制の目的が国家の安全保障に関る地経学上の問題に起因していることから,これを避けることは難しく,各企業は今後の規制の動向を注視する必要があるだろう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3025.html)

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