世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2982
世界経済評論IMPACT No.2982

半導体製造装置の対中輸出規制:オランダ・ASMLと中国の技術力比較

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.06.05

ASMLのリソグラフィ

 半導体製造に欠かすことができないものはEUV(極端紫外線リソグラフィ)とDUV(深紫外線リソグラフィ)である。リソグラフィは「露光装置」とも呼ばれる。線幅7nm(ナノメートル)以下の最先端半導体チップの製造に欠かすことが出来ないのがEUVで,世界で唯一EUVを製造できるのがオランダのASMLだ。同社はDUVの世界市場でも70%のシェアを有している。前述(世界経済評論Impact No.2937)のように,米国は日本とオランダと共同で中国に対抗し,輸出規制による協議に合意を得ている。

 線幅28nmから10nmの成熟製造プロセスにはDUVが必要であるが,コストや稼働率(良品率)の最適化を考慮せずに,重ねて露光すれば7nmの半導体チップも製造が可能である。現に,TSMC(台湾積体電路製造)は,2018年にDUVを使って7nmチップの「A12」を量産し,アップルのiPhone XSに搭載した実績がある。後にASMLがEUVを開発したあと,2019年にTSMCはEUVを使って線幅7nmチップの「A13」を量産し,アップルのiPhone 12に搭載した。

 現在,ASMLは主な顧客であるTSMC,サムスン,インテルなどから約2年分のリソグラフィの受注を得ているが,最近の半導体の生産過剰から,キャンセルや受取の引き延ばしがされている。半導体が不況になった場合,設備投資を縮小させるか,先延ばしし,景気の回復を見てから改めて投資するのは当然であるが,米国による半導体装置の対中輸出規制があるため,最先端半導体製造装置を中国に販売することができず,ASMLにとっては二重苦になる。

 多国籍企業は,利潤最大化を追求し,株主に利益を還元することが最大の目標でASMLも例外ではない。ASMLの売上高に占める中国の市場シェアは約15%で,金額で約22億ユーロである。当然,ASMLは中国の市場を放棄することはなく,どのような規格のリソグラフィであれば中国へ販売することができるか,リソグラフィが輸出規制のレッドラインの範囲を明らかにする必要がある。

半導体製造装置の対中輸出規制:ASMLのケース

 2022年10月,米国は半導体製造装置の対中輸出規制に明確な規定を発表した。ASMLの液浸タイプのDUVを紹介し,このうち,対中輸出規制にの対象になるDUVを明示する。

  • ①28nm対応の製造装置型式(NXT:1950i),2009年に発売。
  • ②28nm対応の製造装置型式(NXT:1960Bi),2011年に発売⇒(16/14nmの製造も可能)。
  • ③28nm対応の製造装置型式(NXT:1965Ci),2013年に発売。
  • ④20/16/14nm対応の製造装置型式(NXT:1970Ci),2013年に発売⇒(10nmの製造も可能)。
  • ⑤10nm対応の製造装置型式(NXT:1980Di)。
  • ⑥7nm対応の製造装置型式(NXT:2000i)。

 半導体製造装置の対中輸出規制が発表後,ASMLでは前述⑥の線幅7nm製造装置の型式「NXT:2000i」以降が輸出規制の対象であると考えていた。しかし,事実上,米国がいわゆる先端半導体を線幅16/14nm以下(10nm,7nm,5nm,4nm,3nm)の製造装置としていることで,ASMLの液浸タイプのDUVの代表である2013年に発売された「NXT:1970Ci」以降(④以降)が輸出規制の対象になる。ASMLがレベルアップ・バージョンを追加的に開発したのは,顧客がより長く製造装置を使えるように加えた機能である。

 2011年に発売された②28nm対応の製造装置型式「NXT:1960Bi」のレベルアップ・バージョンは16/14nmチップの製造が可能となる。その場合,対中半導体製造装置の輸出規制のレッドラインに引っかかることになる。果たして,オランダ政府はこのレッドラインを何処に(②以降か,それとも④以降か)に設定するか注意深く観察したい。

 前述のように,「NXT:1960Bi」が発売された2011年,「NXT:1965Ci」と「NXT:1970Ci」が発売された2013年当時は,米中対立は現在ほど深刻化しておらず,これらの型式のDUVは既に中国に販売されたと考えられる。事実,中芯国際(SMIC)は前述のDUVを使って14/16nmチップを製造した。その後,SMICはこの製造装置で7nmの開発に成功したと発表している(但し,SMICの年報中,全製品の売上高に7nmチップの記載はない)。しかし,米国の要請は,対応する最新ソフトや部品・消耗備品,レベルアップ・バージョンも輸出規制の対象になると考えられることから今後,中国においては製造装置の維持にも影響が出るものと考えられる。

 果たして米国,日本,オランダは,半導体領域において共同の輸出規制の下で,中国の半導体開発のスピードを遅延させることができるのか。SMICや華為(ファーウェイ)など米国のエンティティリストの対象になった中国の企業は,当然,中国の半導体製造装置企業製の製品を採用すると考えられる。以下では,中国の半導体製造装置企業の実力を考察する。

ASMLと中国の半導体製造装置企業の実力比較

 日米欧の半導体製造装置の輸出規制に,中国は簡単に屈することはないと思われる。中国は半導体の材料,製造装置,量産技術からEDAツールに至るまで,ある程度の技術力がある。中国のリソグラフィ装置企業トップの「上海微電子装備有限公司(SMEE)」を例として実力を見ることにする。

 SMEEのリソグラフィの代表的な3機種は次のようである。

  • ①型番:SSA600/20,画像解像度:90nm,露光光源:フッ化アルゴン・エキシマレーザー(ArF excimer laser),ミラーヘッド倍率1:4,ウエハー寸法200mmまたは300mm。
  • ②型番:SSC600/10,画像解像度:110nm,露光光源:フッ化クリプトン・エキシマレーザー(KrF excimer laser),ミラーヘッド倍率:1:4,ウエハー寸法:200mmまたは300mm。
  • ③型番:SSB600/10,画像解像度:280nm,露光光源:水銀灯(i-line mercury lamp),ミラーヘッド倍率:1:4,ウエハー寸法:200mmまたは300mm。

 上記3機種のリソグラフィのうち,最も進んであるのが①の90nm対応の型番「SSA600/20」だが,ASMLのリソグラフィと比べると約6~7世代遅れていることがわかる。

 ASMLの技術は,単にASML一社の能力によるものではなく,多くの国の企業からの支援の賜物である。例えば,ASMLのDUVで使われる光源レーザー技術は,米国のサイマー社(Cymer)をM&Aしたことによって得た技術である。EUVで使われるレンズは,ドイツのカール・ツァイス(ZEISS)がEUVのために開発したものである。EUVに搭載されるレンズ表面の平坦度をドイツの国土面積と譬えると,「全国土の平坦度(上下の路面段差)は1センチ以内」という大変驚かされるレベルの精度である。ASMLのリソグラフィは4000~5000社から調達された約10万個の部品によって構築され,単に1国や1社の実力で製造できるものではない。

 米中のハイテク戦争は継続しており,米国は同盟国,友好国陣営の企業と共同で中国の技術発展を抑える目論見がある。現状,中国で使われる半導体製造設備のうち約8割は,日米欧の企業に依存しており,中国が自力で国産化を実現するには,非常に長い道のりを経る必要があろう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2982.html)

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