世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
生きた協定RCEP
(亜細亜大学 特別研究員・ITI 客員研究員)
2023.06.05
RCEP(地域的な包括的経済連携協定)は,living agreement(生きた協定)といわれる。参加国や規定の内容を固定化せず,参加国の拡大や自由化やルールの改善,新たな規定の導入などアップグレードに取り組む協定だからである。RCEPは2022年1月1日に発効したが,生きた協定としてルールの改善に取り組んでおり,原産地規則の品目別規則(PSR)をHS2012からHS2022に更新している(注1)。
RCEPは多くの分野で見直しを規定している。RCEPはASEAN+1FTAよりも相当程度改善した広く深い約束を目標としていたが,参加国の経済格差を考慮しているためだ。RCEPにはカンボジア,ラオス,ミャンマー(CLM)という後発開発途上国が参加しており,CLMがRCEPに参加し,協定から利益(貿易投資の増加,サプライチェーンへの参加)を得ることができるという「互恵」がRCEPの重要な目的になっているからである。
RCEPで見直しを規定しているのは,原産地規則,サービス貿易,投資,電子商取引,政府調達の5分野であり,関税撤廃は約束を繰り上げ,改善するために協定を改正できると規定されている(注2)。RCEPの関税撤廃率は91%であり,CPTPPの99.3%よりもかなり低い。また,通常10年の関税撤廃までの期間(ステージング期間)は最長20年以上と非常に長く,関税撤廃時期の繰上げ,関税撤廃率の引き上げは民間企業のRCEP利用の促進に必須である(注3)。原産地規則では,部分累積のみが採用されており,CPTPPで採用されている生産行為の累積を加えた完全累積については5年以内に検討することになっている。
サービス貿易では8か国が採用しているポジティブリスト方式を3年以内(CLMは12年以内)にネガティブリスト方式に転換する手続きを開始し6年以内(CLMは15年以内)に終了する。投資では規定がないISDS(投資家と国の間の紛争解決手続き)について2年以内に討議を開始し3年以内に結論を得ると規定されている。電子商取引では,CPTPPに含まれているソースコードの開示要求の禁止について発効後の一般的見直しで対話を行い,その結果を考慮すると規定されている。政府調達は市場アクセスの規定がなく,一般的見直しに定める期間内に政府調達の円滑化のために政府調達規定を見直すことが定められている。
新たな課題への取組み
RCEPでは,極めて多くの分野で途上国への特別かつ異なった待遇が定められている。対象国はCLMに加えてベトナム,そして分野によってはインドネシア,フィリピンなども含まれている。特別かつ異なった待遇は,経過期間(3年,5年,10年など),義務の免除,適用の停止などが多い。特別かつ異なった待遇が規定されている分野は,原産地証明,税関当局および円滑化,貿易上の救済,サービス貿易,投資,知的財産,電子商取引,競争,政府調達,紛争解決と非常に多い。こうした特別措置は規定に従い,対象期間が経過したら撤廃を行うとともに,人材育成,システム構築などの支援を行うことが重要である。ASEANでは先行する6か国に対し,後発のCLMV4か国に対し格差是正の支援や特別待遇を行ってきた。ベトナムはすでに一人当たりGDPでフィリピンを超えており,特別待遇からの卒業を検討すべきである(注4)。
CPTPPで規定されている環境,労働,国有企業に加えて,デジタル経済,サプライチェーン,循環型経済,人権などグローバルな課題に対応する新たな分野への取組みも必要となってくる。経済安全保障に取り組みながら東アジアの経済発展のエンジンとなってきた貿易投資自由化のモメンタムを維持するためにRCEPの対象分野の拡大などアップグレードを進めることが重要になる。
RCEP交渉が刺激となり,ASEAN物品貿易協定(ATIGA)およびASEAN+1FTAのアップグレード交渉が進められている(注5)。ATIGAやASEAN+1FTAのアップグレードの結果をRCEPに反映させていけば東アジアのFTAのアップグレードの好循環により協定の内容の深堀りとスコープの拡大が進むであろう。
[注]
- (1)PSRの更新については,助川成也(2023)「RCEPにASEANが及ぼす影響~「原産地規則章」,「貿易手続き及び貿易円滑化章」を中心に~」,『RCEPがもたらすASEANを中心とした貿易・投資への影響調査』,ITI調査研究シリーズ No.141,を参照。
- (2)石川幸一(2023a)「RCEPの見直し・改善とアップグレード」,ITI調査シリーズNo.141所収。
- (3)ステージング期間は,シンガポールの即時撤廃を除き,フィリピン20年,日本21年,インドネシア23年,ベトナム25年などと長く,中国は21年だが対韓国のみ36年,韓国は20年だが対中国のみ35年となっている。助川成也(2022)「RCEPの物品貿易規定と日本企業の活動」,石川幸一・清水一史・助川成也編『RCEPと東アジア』文眞堂。
- (4)2022年の一人当たりGDPはフィリピンの3,552ドルに対しベトナムは3,674ドルである(ASEAN Statistical Yearbook 2022)。
- (5)石川幸一(2023b)「ASEANのFTAのアップグレードとRCEP効果」世界経済評論インパクト,No.2974.
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