世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2940
世界経済評論IMPACT No.2940

パリクラブから北京クラブへの道

井川紀道

(世界銀行グループMIGA 元長官・国際アジア共同体学会 理事)

2023.05.01

 VUCAの時代において,日本の将来を考える際,「英国には,永遠の敵も永遠の友もいない。あるのはただ永遠の国益である」というバーマストン英国宰相の言葉の持つ意味合いが深まっている。確かに,10年単位でみると,ソ連・ロシアはその都度,大きく変貌してきているとロシアの専門家が指摘する。著者が財務サブシェルパを務めた1998年アルシェG8サミットでは,今想起すると隔世の感があるが,ロシアの代表を交え経済宣言のドラフトを論議した。今後,10年,20年,あるいは50年単位でみると,中国も米国も,よくも悪くも,どちらの方向にも,大きく変貌していくことがありうる。こうした前提に立って,日本の将来の外交戦略を考える必要があろう。

 中国との関係についても,安全保障の観点を踏まえつつも,日本はウィンウィンの関係をさらに構築する必要があるだろう。ツキジデスの罠では,経済依存関係を深めても,スパルタとアテネは覇権を巡り戦争をしたが,経済依存関係を深めれば,戦争の確率はゼロにならなくとも,そのコストは余りに甚大になり,合理的に考えれば,一定の抑止力は働くことになると思われる。その限りで中国には,貿易と投資の国際ルールや国際慣行を守らされる側から守る側に立っていただくことを求めたい。習近平氏の就任1年目の言葉であるが,Civilized Lionになり,横綱相撲をとっていただきたいと願う。

 一帯一路における中国の功罪と論議する際に,よく言われてきたのが,債務の返済が滞った際に,担保の資産が中国側に渡ってしまうという債務の罠の問題であった。少し専門的になるが,公的債務(途上国がドナーの公的機関から供与を受けた債務)が滞った際には過去60年間,フランス大蔵省が議長役を果たし,債務の支払い猶予や返済免除を取り決めていくパリクラブが,慣行として機能してきた。このことがカムドシュIMF専務理事やトリシェ欧州中央銀行総裁のような傑出した人物を輩出させ,フランスのソフトパワーの源泉の一つになった。ところが中国は長年,2国間で,債務救済をしてきたため,公平性と透明性に欠けるとして批判されてきた。

 私はかねてから,中国はケースバイケースで,債務救済の会議の議長を務め,パリクラブを補完するような「北京クラブ」を主催するように検討すればいいと考えてきた。そうすれば,中国は責任ある大国の債権国として評価され,債務の罠のような根強い批判をかわすことができる。ただし,ルールを守る側に立ってリーダーシップを発揮することは,中国にとって大きな発想の転換・パラダイムシフトであり,多数の国内利害関係者の意思統一と体制整備のため強い政治的意思が必要になる。もっとも,最近では中国は一部のアフリカ諸国の債務救済会議においてフランスと共同議長を果たし始めており,好ましい方向に動いている。今後さらに,中国がIMFとの協調のもとに,フランスと連携しつつ,議長役を果たすようにすれば,これは,格付け機関からも最高ランクの評価を得ているアジアインフラ投資銀行(AIIB)と並ぶ,中国の国際貢献となる。勿論中国はフランスがそうであったように,今後長い時間をかけて実績と信用を積み上げなければならないが,一帯一路の国々からも持続的発展に寄与した責任ある大国として高く評価されることになろう。一帯一路の評価を将来最終的に決めるのは西側諸国でも,国際機関でもなく,それは受益国の人々である。中国が国際ルールや国際的慣行を守らされるという立場から,自らルールを徹底させる立場に立って,リーダーシップを発揮するようになれば,これは国際共同体にとって大きな前進であり,自由で開かれた地域が拡大することになり,日中両国の国益にも資することになろう。

[参考文献]
  • 『パリクラブ』松井謙一郎,財経詳報社,1996年
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2940.html)

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