世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2927
世界経済評論IMPACT No.2927

率より質の経済回復:第1四半期の中国経済

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2023.04.24

 4月18日,国家統計局は本年第1四半期の主要経済指標を公表した。GDP成長率は,北京大学や中国社会会学院などの有力研究機関の予想を上回る4.5%だった。ちょうど一週間前に公表されたIMFの世界経済見通しは,1月の改訂見通しからさらに下方修正され,先行きの不安定さが強調される内容だっただけに,中国経済の回復振りが目立つ。今年の成長目標5%が実現するとなれば,中国経済は世界経済の成長の3割を担うことになる。

 中国経済は,2021年の夏から開始されたおよそ17か月に及ぶ厳格なゼロコロナ政策に伴って全国各地で実施されたロックダウンに加え,従来の経済成長をけん引していた不動産開発部門が「氷河期」ともいえる厳しい状態に陥ったこともあって,まさに「低体温症」とも言うべき状態となった。昨年の成長率は政府目標の5.5%を大きく下回る3%という低水準となり,7%の成長率を見せたインドの後塵を拝した。さらに,少子高齢化の進行により,人口でも世界一の座をインドに渡した。4,400万社とも言われる中小企業のうち昨年1年間だけで349万社が経営難により登記抹消に追いやられた。都市部の住民の間ではロックダウンに伴う外出制限による所得の減少,不動産価格の低迷などにより,景気の先行きに対する悲観が蔓延した。

 ゼロコロナ政策は昨年12月に解除されたが,同月から今年1月にかけてオミクロン株の爆発的な感染拡大により,経済回復の足を取られた。経済活動が回復に向けて動きだしたのは春節以降である。文字通り「春暖」である。ただ,見逃せないのが,ゼロコロナ期間中に政府が実施した景気の下支え策が回復の下地を作ったことである。政府は昨年だけで総額4.2兆元に及ぶ税の減免措置,社会福祉費用の企業負担分50%引き下げ措置を実施した。輸出企業に対しては増値税の還付を三日以内に行うなどして,企業の資金繰りを支援した。さらに,中小企業向けの小口・短期・低利ローン(普恵融資)を拡充した。六大国有銀行による普恵融資の増加額は2兆元を超えた。また,消費支援策としてEV購入に関わる助成も行われた。昨年の新車販売台数は2,686万台で,前年比2.1%増に留まったが,EVの浸透率は25%に達した。

 今年春から顕著になっている経済回復の特徴は3つある。まず,消費主導である。第1四半期の消費の伸びは5.1%だったが,3月単月でみると10.6%という高率の伸びとなった。消費者物価上昇率も1%台と安定している。成長率に占める消費の寄与度は前年の約30%から今年第1四半期は60%を超えた。しかも,消費の内容も価格から品質を重視するものとなっている。とくに,健康・安全・環境を意識した消費性向が強まっているようだ(尼尔森IQ「2023年中国零售市场复苏展望」)。ゼロコロナ期間中,先行き不安に備えた家計貯蓄が急増した。人民銀行によれば昨年1年間の家計貯蓄増加額は17.8兆元に上る。今年第1四半期でも9.9兆元と前年を上回るテンポで拡大している。経済の先行きに対する期待と安心感が回復すれば,これらの貯蓄を背景に消費が経済成長をリードする可能性は高いし,政府もそのための先行き不安感の払しょくに懸命である。

 次に,不動産開発業が投資の主役から降り,半導体,EV,再生可能エネルギー,AIといった「自立自強」を目指した投資が拡大している。不動産価格は下げ止まり傾向にあり,一部地域では反転上昇に転じているが上昇率はせいぜい1%前後に留まっている。土地使用権売却額も第1四半期でマイナス27%と依然低迷している。一方,製造業の投資は5.1%の伸びだったが,電気機器が43.1%,自動車が19.1%,電子設備機器が14.5%という高い伸びを見せた。

 最後に,「輸出新三品」が台頭してきた。第1四半期の貿易額は前年同期比4.8%増の約9.9兆元だったが,輸出について見れば8.4%増の5.7兆元である。目立つのが,EV,リチウムイオン電池,そして太陽光電池の「新三品」で,第1四半期の輸出額は前年同期比67%増の約2,650億元となった。中国のEV生産台数の世界シェアは60%であり,一昨年来,欧州を中心に輸出を急増させている。リチウムイオン電池についてみれば,ニッケル,リチウムなどの原材料の精錬量の世界シェアは60%を超え,電池部品や製品の生産シェアは70~80%に達している。世界でEV化が急速に進み,再生可能エネルギーへの需要が高まる中,圧倒的な生産力を持つ中国は,これらの分野で輸出をリードするようになっている。

 第1四半期の経済回復の特徴を一言でいえば,「質の向上」が顕著であるということだろう。豊富で安価な労働力を使い,借金と生産力にものを言わせて拡大を目指す時代は終わった。ただ,死角がないわけではない。雇用である。失業率は全体的には5%台と落ち着いているが,16~24歳の失業率は今年3月で約20%に達した。大卒者が労働市場に参入する7月から8月にかけて,さらに高まる可能性がある。大卒者は年々100万人規模で増加する一方,採用する側は,即戦力となる人材を以前にもまして必要としているという。「卒業即失業」という状況は深刻さを増しつつある。また,2億人に上る農民工の雇用も重要な課題である。農民工の高齢化も進んでいる。また,農民工の多くが低学歴であるため,一定の教育訓練が必要な職を得ることは容易ではない。主な職場である建設現場も,不動産市況の底這いによって縮減している。農民工も国民年金に加入しているが,企業年金と異なり受け取れる額は月300元程度と言われる。死ぬまで低賃金で働かねばならないという絶望感は無視できない。雇用の最大の受け皿は民営企業であり,雇用全体の80%を吸収している。雇用の維持・拡大のためには,民営企業の健全な拡大発展が不可欠だと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2927.html)

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