世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
異次元少子化対策の次元違い
(杏林大学総合政策学部 教授)
2023.04.24
金融緩和に続いて「異次元」の形容詞を冠する栄誉に輝いたのは「少子化対策」であったようだ。異次元金融緩和の目的は,デフレからの脱却であった。では異次元少子化対策の目的は何であろうか? もちろん,少子化を止めることであり,人口を維持することであるに違いない。しかし,それがわれわれの目指すべき社会目標であることは,どれほど自明なのだろうか? そしてもっと疑問なのは,なぜそれを指摘する声がかくも少ないのだろうか?
要するに人口が減ってはいけないということなのである。なぜか? 多少なりとも注意深く議論を追ってみるのだが,十分なる説得力というものに出会った試しがないのだ。読者の中にそれをお持ちの方がいたら,是非とも以下の議論に反論していただきたい。
人口が減ると,経済規模が縮小してしまう。うん,それで? 大事なのは一人当たりの生産性であって,全体の規模ではない。中国のGDPは,日本を抜いて世界第2位になったが,一人当たりGDPということになると,68位になる。ちなみに日本は,GDPが第3位で,一人当たりが31位である(いずれも名目,2022年IMF統計)。人口を増やして中国の後を追う前に,するべき他のことがあるとは思わないだろうか。
むしろ人口の多いことが貧困の原因となっているケースは,古今東西,類例に事欠かない。マルサスの人口論を持ち出すまでもなく,定常経済への共感を示したJ・S・ミルにしても,孫たちの経済的繁栄を信じたJ・M・ケインズにしても,人口の増大がネガティブな要因であることを指摘している。
ある人は,人口が減ると消費需要が減少して経済が停滞することを心配している。またある人は,人口が減ることで人手不足となり,供給能力が減退してしまうことを心配している。つまり,片や総需要が減ることが懸念され,片や総供給が減ることを心配しているのである。両者が出逢えば,そこに幸運な調和と均衡を見出す可能性があることについては,トンと忘れられたままのようだ。
経済成長をもたらした要因を特定する分析手法である「成長会計」を,日本の高度経済成長に適用した場合,日本の高度経済成長をもたらしたものは,設備投資とそれによってもたらされた技術進歩であって,労働人口の増加による寄与はほとんどとるに足らなかったことが示されている。
人口が減ると年金制度を維持できなくなる,という人も多い。だがそれは「制度」の問題ではないのか。現行の制度は,たしかに急激な人口減少に対してきわめて脆弱である。しかし,あくまでそこで必要なのは制度の改正である。年金については,また別の機会に論じたいと思っているが,いずれにしても,それがいかに困難なものであるからといって,逆に,年金制度を維持するために「産めよ増やせよ」というのは,明らかに本末転倒というものではないのか。
人口の減少は地方の過疎化をさらに悪化させる,という人もいる。人口を増やせばそれで過疎化問題が解決するとでもお思いか? そもそも過疎化というのは,人びとが地方よりも都心に住むことを選好する現象であって,仮に,人口が増大したとしても生じうるものだ。先祖伝来の土地が寂れることを嘆く人は,その先祖が住み着く以前は,その町もただの野原であったことを想い起こせばよい。東京でさえ16世紀末までは何もないただの湿地帯だった。日本にそういう風景が戻ることは,それほど悪いことではないと思うのだが。
人口が減ると困るのは,多売を通じてより多くの利益を得るというシンプルな生産戦略しか持たない企業人たちであることは明白である。しかし,そのような近視眼的な規模の維持・拡大にのみ依存するようなやり方は,昨今話題のSDGsと両立が可能である保証はないであろう。片方でSDGsに共感を示している人びとが,他方で異次元の少子化対策に諸手を挙げて賛同するのは,少なくとも自明なことではないし,私には?マークが瞬くばかりである。
いや,そもそも維持可能な発展などというものがあり得るのだろうか? というのがまともな問いのたて方だと思うのだが,ますます発展することは大前提で,それを「維持可能性」という言葉で修飾することで真の問題を覆い隠しているようにも感じられる。そういう人びとにとっては,まさにSDGsと異次元の少子化対策にはなんの違和感もないのかもしれない。
誤解のないようにお願いしたいのだが,今,子育てに奔走している人びとへの「子育て支援」ならば,私は,教育への支出の増加とともに大いにそれを支持するものである。しかし,それが「少子化への対策なのだよ」ということなのであれば,それを前にして私は,異なる次元にいる自分を見出さざるを得なくなるのである。
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