世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
AI仕様の人,今,増えてます
(杏林大学総合政策学部 教授)
2025.02.24
大学の演習の授業で,技術革新について議論したときのことである。オートメーションによって,機械が人間に取って代わるとき,雇用が失われる一方で,生産性は必ずしも上がっていないケースとして,電話の自動応答を取り上げてみた。「◯◯の方は1を,××の方は2を・・・」といったメッセージを延々と聞かされるのにうんざりするからだ。あるいは,ファミリーレストランで食事を運ぶロボットが,たびたび他のロボットと衝突して動かなくなったり,ちょっとした用事を頼めない不便さを挙げる学生もいた。
それに対して,ある学生が毅然と反発したのである。自分は店に入ってから出るまで,できるだけ人と会いたくない。だからロボットは立派な進歩なのだ,と。なるほど,たしかにそこには嗜好の問題がある。そしてこの学生の嗜好は,オートメーションやAIにとって実に好都合なのだ。
それを聞いて思い出したのが,そう言えば,お店で食べるラーメンよりもインスタントラーメンのほうが美味しい,という人がいたことであった。他にもおそらく職人が打った手打ち蕎麦よりも,お湯をかけるだけのカップ麺の蕎麦のほうが美味しいという人もいるのだろう。あるいは,板前が眼の前でにぎって出す寿司よりも,機械がご飯を丸めた上にネタを乗せて,ベルトコンベアーで運ばれてくる寿司の方が良い,という人も少なからずいるようである。
つまり,機械の性能を評価するのとは別に,われわれの好みの側が機械化に適合しているのだ。音楽にも同じような状況が当てはまるように思える。私は1970年代頃までのロックを中心としたポピュラー音楽を好んで聴くのだが,その時代の音楽には,曲や歌詞だけでなく,ギターやベース,ドラムの演奏にもプレーヤーの個性があり,その個性をおおいに楽しんでいる。しかし,今,周りを見渡すと,ドラムは機械の打ち込みで人が叩いておらず,それ以外の演奏もほとんどシンセサイザーを使ったカラオケになっているものを多く耳にする。そこではもはや,ギター演奏やドラミングの個性なんぞは求められていない。いや,そもそも楽器のソロ演奏自体の出番がないのだ。多くの人々にとっての素敵な音楽もまた,機械化に適合しているのだろうか。
それは嗜好の問題である。しかし,嗜好の問題であるからこそ,ある意味では恐ろしいのだ。技術革新の質や方向性を左右するのは,その嗜好であるからだ。ひょっとすると,われわれの嗜好は日々,機械化に適合していっているのではないだろうか? そして気がついたら,誰にも人に会わず,インスタントラーメンと機械カラオケの音楽を好むようになっているのではないだろうか?
きわめつけの例が,比較的最近あった。私は2023年に経済学史の本を出版したのだが,私なんぞの本を出してくれる出版社の方に申し訳なくて,ときどき某通販会社の売れ筋ランキングをのぞき見る。すると私の本には,いくつかあるランキングのカテゴリーの中になぜか「経済史」というのがあるのだ。経済学部を卒業した人でなくとも,「経済学史」と「経済史」がまったく別の分野であることは理解できるであろう。なぜ私の本は「経済史」のランキングで評価されているのだろうか?
出版社の人が問い合わせてくれたようなのだが,それによると,そのランキングはAIによって生成されているのだそうだ。もちろん,驚くのはここではない。その担当者は,AIによるものであるから,変更には応じられないと言ったそうである。さあ,どうぞ驚いてください!
わたしがこのコラムでAIを取り上げるときの結論はいつも同じで恐縮である。ここでも,AIが人間の知能を超える心配をする前に,そのはるか以前に,出来の悪いAIが生み出したものを,素直に受け入れるだけの人間が日々育成されているのだ。こうして,人間が機械の下僕となっているかつての未来漫画の世界は,にわかに現実味を帯びてくるのである。
そういえば,店員,事務職員,あるいは公務員にも,規則や決まりを「機械的に」適用するばかりの人が増えているように思うのだが,私だけだろうか? 臨機応変に融通を利かせることこそがヒトのヒトたるもっとも高度な能力だと思うのだが・・・。そう,つまりわれわれの嗜好や行動が,機械化やAIのハードルを下げているのであって,不出来な機械は心置きなくわれわれに取って代わるだろう。そしてそれは誰にとっても不愉快なことではないのかもしれない。なぜなら,ますます多くの人々の嗜好や行動が「AI仕様」になっているのだから。
幸いなことに,完全にそうなる頃には私はもはやこの世から無事退場しているだろう。願わくば,そうなったときの不出来なAIには,「経済学史」と「経済史」の区別ぐらいはできていてほしいものだ。
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