世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2923
世界経済評論IMPACT No.2923

ChatGPTがもたらすもの

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2023.04.24

 ChatGPTにより「経済」のシステムそのものが消滅するかもしれない。人間の紛争原因である富の獲得と分配を適正化できれば,そのAIを社会は受け入れるだろう。生成系AIをビジネス(=富の獲得)に繋げるという潮流からは荒唐無稽と言われるかもしれないが,以下,ご一読いただければ幸いである。筆者は生成系AIの推進賛成である。なお,本小論はChatGPTを使っていない。

 ChatGPTの登場によって,メディアでは生成系AIの可能性と社会的影響に焦点を当てた議論で世間を賑わしている。多くの論調は,AIは人類にとって危険をもたらす可能性があるので早急に規制を導入すべきという点に集約されるようである。しかし,毎日,頻繁にTVで取り上げられる内容が大体同じという今日のマスコミのことは問うまい。解説を聞いていると,あまりにも無邪気な質問をChatGPTに入力して「あーだ,こーだ」と騒ぐ,まるでおバカ芸人が丸山眞男レベルの発言をしたかのような驚きを演出している。言語研究を基礎とするAIは「Transformer」という線形代数と数学的重み付けを基礎とした数式に基づいている。Pythonという言語で作成されていてWEBで基本アーキテクチャーとコードを見ることができる。ヒト・機械インターフェースの研究としてかなり前から進められていたので,その成果が製品技術に反映されることは業界関係者と研究者の間では周知だったと思う。放送局は数学を知らないだけでなく生成系AIの基本構造を全く理解できないままに,自らの存在の消滅に直面することを悟ってChatGPTを蔑むような演出や解説を垂れ流しているとしか思えない。

 メディア全体も新しいものが登場した時に必ず否定的態度を取るPTAみたいな状態である。ヒステリックにならずに東京大学工学部の松尾豊教授のような,その特徴をわかり易く説明してくれる方々へ耳を傾けてみることが必要だろう。ChatGPTはアップロードされた「前例」を取り込み「学習」することで情報収集と整理をしてくれる。年々増大する大阪府と大阪市の経費を大阪維新が組合や既得権グループと戦って削減したが,このような生々しい苦労をせずに生成系AIが大幅に経費圧縮できることを世間に知らしめた。音声ガイダンスと文字チャットで役所への問い合わせは特に支障なく置き換わるだろう。多くの手続きはWEB上の「役所ボット」により24時間365日対応で処理されるだろう。膨大な公的借金を解消して納税者に貢献するツールになる。ChatGPTは間違いを出力するので信用ならないと言う人がいるが,役人でも間違いをして,それを隠蔽しようとすることは枚挙にいとまがない。筆者(の父親)も50年ほど前に戸籍登録で「鶴」の文字を記載した際に役所が勝手に左側の扁を「寉」にしてしまい,その場で修正を要請したものの「原本」の参照が必要とかで過去の戸籍謄本を取り寄せるなど「役所」のミスの訂正に1年かかった。そんな役所よりChatGPTの方がよっぽど合理的である。民間企業も事務的処理と中間管理職をほとんど一掃できるので利益率は大幅に跳ね上がるだろう。債券売買も余計な費用を支払わずに済むので一般投資家にとっては好都合である。松尾教授の指摘の通り,スマイルカーブの両側以外は生成系AIに置き換わる。

 Science Fiction(SF)を経営に活用するという話が一昨年頃から一時期話題になったことを覚えておられるだろうか。新型コロナが落ち着いて経済が回り始めたので,当面のビジネスにかまけてSFなんちゃらは忘れ去られた雰囲気もある。しかし,生成系AIが発達していった先に出現する世界描いたSFがある。現在の生成系AIについての話題は脅威とビジネス展開が中心で近視眼的なので以下の内容を取り上げてみた。

 「われらはレギオン4」(英語タイトルは「Heaven’s River」,2020年発刊,Dennis E. Taylor著,早川SF文庫)を読んでみよう。作者はプログラマーアナリストとしてITに通じている方で相当なSFオタクでもある。あらすじは以下の通り。ある恒星(太陽)の周りの宇宙空間を漂う直径90km,長さ数億kmの円筒(オニール・シリンダー(OS)と言います)の中に完璧に維持された人工環境で人型種族が暮らしている。OSは初代ガンダムでスペースコロニーとして登場するのでご記憶方も多いだろう。この巨大OSに住む種族はかつて非常に高度な科学技術と文明を持っていたが居住惑星上で国家間紛争が起こり,生物化学兵器や核兵器で惑星環境が壊滅的打撃を受けて滅亡寸前になった。一部の科学者らが生き残りをかけて巨大OSを建造し(それほど科学技術が発達していたという設定)移住した。その居住環境を維持するためにAIを使うだけではなく,安寧のために見えない形で社会を制御している。紛争再発を防ぐために科学技術の所有を制限し,闘争の原因(富の所有と分配)を抑制するために5人以上の集団活動を見つけると「散らす(=人を強制的に分散させる)」ことで拡大を防いでいる。歴史は科学技術復活の端緒となるので極秘事項となり武器となる金属の加工技術も制限される。ただし高速の数%の速度で移動する完全自動運転鉄道網を緊急時に備えて秘密裏に地下に設置している。衣食住はAIの管理により安定しているので行政を必要とせず,「分署」程度の警察機能やごみ収集活動と帆船による宅配便程度の輸送は存在している。市井の人々の移動は徒歩か水運である。このような社会では住人は日々の生活を繰り返すだけになり,世代を経るに従い「思考力」が徐々に衰え始めて言葉を失い,いわゆるヒトの猿化という進化に逆抗する退行現象が顕になっている。皮肉なことに社会倫理はリベラル派左翼の唱える理想系である分配の平等が達成されている。

 人類の歴史では常に異端や反対派を政府が罰するシステムが作り上げられ,罰する側の特権階級が富や社会を牛耳る。しかし「われらはレギオン4」に描かれている世界は,特権階級の勃興を防ぐために全てAIが見えない形で取り仕切る。このSFで興味深いのは,全ての情報,環境,食糧生産を支配するAIは自律的自己改良能力を有するものの創造性を持つというシンギュラリティを顕していない。なお,作品の最後で,実はAIが社会環境の制御まで踏み込まない抑制的な感情を持つことが語られていてオチになっている。作品中では,完全なAIが持ちうる「個性」は量子効果により電子的なコピーを超えたものであるという暗示が設けられている。

 このSFが指し示すことは,罷り間違えれば人類は経済活動を必要としなくなり,言葉を失って知的退行に向かっていく可能性である。ChatGPTはPrompterとしての能力を求められるとされるが,それも言葉ではなく盛んに使われている絵文字のように絵や動作で指示を与えることに向うだろう。古今集の仮名序は,見た,聞いた,感じたことから生じた心の動きを三十一文字の歌に詠むことを讃えてその発展を祈っている,すなわち人間としての知的活動が言葉へ結晶されることを讃えているが,その逆の,言葉をAI任せにすることが急速に広がらないとは誰も言えないだろう。現在議論されているAI規制論は幼稚であり,むしろ憂うべきは「われらはレギオン4」で描かれる世界なのである。

 ChatGPTは行政や会社運営の総務・財務・法務・中間管理の大半を担うことができる。また,幼稚園から大学までの教育全般とリスキリングをAIに任せる置き換えることは近日中に導入される。日教組系教師による変な刷り込みや,昭和の根性主義教師による暴力的強制を教育現場から削除することは右も左も概ね賛成だと思う。全国一律の高水準の不偏不党の教育を望む文化人は多数存在する。ならば,教育は生成系A I任せることが多数の人々が求める理想実現に与する。

 TV他メディアは「ためにする」議論の域を出ていない。WEBの発達によって情報に関する事柄は既に異次元に移行して既存のメディアを必要としない。軍事・政治・経済・科学技術の機密事項を守秘することは容易ではなくなってきている。歴史を紐解けば,人が介在すると情報漏れが起こることは必然なので機密事項は全てAI管理となる日は近い。ChatGPTで儲けようと考えている有象無象はAIがコントロールする近未来,儲けるという経済活動自体を停止させられる可能性を想像できていない。むしろ,「世界経済評論」のような真面目な媒体だけが「散らされる」ことなく存続するだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2923.html)

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