世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2899
世界経済評論IMPACT No.2899

自由貿易の推進でASEANへの評価が高まる:ASEAN有識者調査2023年版

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2023.03.27

 シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所のASEAN10か国の有識者の意識調査2023年の結果が発表された(注1)。5回目となる同調査は2022年11月14日から2023年1月8日に1308人(研究者,ビジネス・金融関係,市民社会・NGO・メディア,政府関係者,ASEAN地域機関・国際機関関係者)を対象にオンラインで実施された。この調査結果は,ASEANの見解を代表するものではないが,ASEAN加盟国の政治経済に関連する地域政策に影響力を有する立場にある有識者の有力な意見である。56の質問は幅広い分野をカバーしているので,国際関係や日本と関係の在る分野を中心に結果を紹介する。

経済的影響力は中国が最大,ASEANへの評価・期待が高まる

 東南アジアで最も経済的影響力がある国は中国が59.9%で最多だったが,2022年の76.7%から低下している。2位はASEANで前年の7.6%から15.0%に倍増した。米国は10.5%,日本は4.6%で4位だった。中国の経済的影響力増大を懸念するか,歓迎するかについては,懸念が64.5%,歓迎が35.5%だった。米国の経済的影響力は歓迎が65.7%,懸念が34.3%と中国と対照的な結果となっている。政治的戦略的影響力が最もある国は中国が41.5%で最大だが前年の54.4%から低下した。米国は31.9%で2位,ASEANが13.1%で3位,日本は1.9%でEU(4.9%),豪州(3.0%)以下だった。中国の政治的戦略的影響力増加は,懸念が68.5%,歓迎が31.5%となっている。米国の影響力増加は歓迎が55.8%だが前年の66.6%から低下している。

 ルールに基づく秩序の維持と国際法支持にリーダーシップの点で最も信頼できる国は米国が27.1%で最多だが前年の36.6%から低下している。2位はEUで23.0%,続いてASEANが21.0%,日本は8.6%で4位である。中国は5.3%で前年の13.6%から半分以下に低下した。自由貿易推進で最も信頼できる国はASEANが23.5%で米国(21.9%)を抜いて最多となった。米国は前年の30.1%から10ポイント低下した。2位はEUで17.6%,3位は中国で14.8%である。日本は2020年は27.6%で1位だったが,2023年は9.2%で中国よりも低い評価である。米中対立の中でルールに基づく秩序や自由貿易の維持などでASEANへの評価と期待が高まっている。

カンボジアとミャンマーで日本への信頼度が低下

 グローバルな平和,安全,繁栄,ガバナンスに貢献するために正しいことをする国として信頼するかという信頼度については,中国は信頼する(非常に信頼すると信頼するの合計)が29.5%,信頼しない(全く信頼しないと信頼しないの合計)が49.8%だった。前年は信頼しないが58.1%であり前年に比べ信頼度が高まっているが,信頼しないほうが多いという評価は変わっていない。信頼しない最大の理由は,中国は自国の国益と主権に脅威を与えるために経済力と軍事力を使うことができるが41.6%で最大である。信頼する最大の理由は中国の巨大な経済的資源と政治力で47.6%である。中国の経済力と政治力が信頼と不信の理由となっている。

 米国は信頼するが54.2%,信頼しないが26.1%と前年とほぼ同じである。日本は信頼するが54.5%,信頼しないが25.5,EUは信頼するが51.0%,信頼しないが29.1%である。2021年の日本の信頼度は67.1%と群を抜いて高かったが,2023年は米国,日本,EUは似たような評価となっている。2023年は特定の国で日本への信頼度が低下している。カンボジアでは全く信頼しないが2022年の19.8%から41.0%に倍増し,信頼しないと合計すると50.7%と過半を超えた。ミャンマーでも信頼しないが13.0%から40.0%に増加し,全く信頼しないと合計すると53.0%と5割を超えている。ちなみにカンボジアで信頼度が高いのはEU86.6%,米国85.1%,ミャンマーは米国58.2%である。また,日本への信頼度が高いのは,79.2%のブルネイ,74.6%のフィリピンである。お気に入りの旅行先では,日本が27.3%で最多であり,とくにタイは52.1%だった。水際対策と行動規制の大幅緩和に従い,ASEANとくにタイからの観光客の増加が期待できる。Kポップやドラマが人気の韓国は7.2%と7位であり,中国は3.4%と人気がなかった。

米中対立には強靭性と団結強化および中立維持で対応

 米中対立下でのASEANの対応については,ASEANは強靭性と団結を強め2大国からの圧力を防ぐが45.5%と最多で,中国あるいは米国のどちらにもつかないというポジションを維持するが30.5%となっている。米中のどちらかを選ばざるを得ない場合米国を選ぶという回答は61.1%,中国という回答は38.9%だった。米国という回答が多いのは,フィリピン78.8%,ベトナム77.9%,カンボジアが73.1%となっている。カンボジアは2022年は中国が81.5%だった。中国を選ぶという回答が多いのは,ブルネイ55.0%,マレーシア54.8%,インドネシア53.7%である。

 米国を戦略的パートナーおよび東南アジア地域の安全保障を提供する国として信頼するかについては,信頼するが47.2%,信頼しないが32.0%だった。信頼するが多いのは,カンボジア76.9%,フィリピン62.6%であり,信頼しないが多いのはインドネシアで51.2%だった。台湾海峡での紛争への対応については,武力使用に反対し外交手段を使うが45.6%で最多となり,中立が33.5%,侵攻国に制裁が11.9%,台湾への軍事支援が11.9%,中国への支持表明が2.7%だった。武力使用に反対が多いのはインドネシア66.1%,ベトナム61.0%で,シンガポール,ミャンマー,フィリピン,マレーシアが5割を超えた。中立が多いのは親中国家のラオス59.8%,カンボジア56.0%とブルネイの52.5%だった。台湾への軍事支援はフィリピンが20.2%と多かった。中国への支持表明はカンボジアが9.0%,ラオスが6.5%だった。

ASEANへの評価・期待と懸念

 ASEANは経済的影響力では2位,自由貿易推進では1位,政治的戦略的影響力では3位と米国,中国,EU,日本など大国に伍して評価が高くなっている。一方,ASEANの懸念については,ASEANはスロー,非効率的で流動的な政治経済の展開に対処できず新たな世界秩序で重要性を失うが82.6%と最も多く,ASEANへの評価や期待とともに懸念も大きいことが示されている。その他の懸念は,ASEANが大国の競争の舞台となり加盟国が大国の代理人となるが73.0%,ASEANの分断が進むが60.7%だった。

[注]
  • (1)Seah, Sharon et al. The State of Southeast Asia 2023. ASEAN Studies Centre, ISEAS-Yusuf Ishak Institute. February 9, 2023.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2899.html)

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