世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2885
世界経済評論IMPACT No.2885

1人当たりGDP,台湾は韓国を越えたのか?:なぜ日本は台湾に逆転され,韓国にも抜かれるのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.03.20

 前掲のレポート(No.2877)では「なぜ台湾は韓国に負けたのか?逆転はあるのか?:台湾の“中小企業経済”VS. 韓国の“財閥経済”」を執筆したが,本稿はそれに続くものである。

 日本経済研究所の推計結果によれば,2002年以降に韓国の1人当たりGDPは台湾を凌駕した。しかし20年後の2022年以降,台湾は再び韓国を越え,さらに2022年,台湾は日本も凌駕し,以降定着(推計値)するようになった。一方,韓国は2015年以降の輸出額も,GDPも伸びず,2022年6月以降は輸出額が大幅に減少,輸出超過から輸入超過の貿易収支の赤字に陥った。これらの事象は何故起きたのか。

 以下では,台湾と韓国の経済発展分析により,台湾と韓国の経済競争を解明,これに至った背景を明らかにし,アジアの新しい発展の行く末を展望する。

第3ラウンド:隠れたチャンピオンで,台湾が韓国を凌駕

 前掲のレポートでは「第1ラウンド:朝鮮戦争の影響で,韓国が台湾に遅れ」,「第2ラウンド:“中小企業経済”VS. “財閥経済”」について触れたが,第3ラウンド(2016~2022年)は,台湾の逆転劇への展開プロセスである。前述のように,台湾の「中小企業経済」の弱みは企業が多く,また分散しているため,「企業の集中化による“ブランディング”の形成は困難」なことである。しかし,これらの弱みは,その後,中小企業の“強み”に奇跡的に変化する。

 多くの台湾企業がビジネスチャンスを求めて中国に進出し,台湾に残った企業は“絶体絶命のピンチ”に陥いた。彼らは比較優位性のある技術力を求めて,R&D(研究・開発)に傾注し,独創的な企業価値を生み出すしかなかった。その結果,「隠れたチャンピオン(Hidden Champions)」と言われる企業が生まれた。隠れたチャンピオンとは,特定領域で最高の技術を獲得し,国際的に高い市場シェアを得て,その企業無くしては成り立たない産業もつ企業を指す言葉である。その最たる例はTSMC(台湾積体電路製造)である。線幅5nm(ナノメートル)以下最高微細レベルのHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)の半導体チップは,世界ではTSMCとサムスン電子の2社だけが製造できる。そのうち,TSMCの世界市場シェアは8割以上を占め,企業の利益率は約51%に達する。TSMCは単に半導体の“下請け”でなく,企業の市場価値ランキングは世界の第8位で,トヨタ自動車の2倍弱に達する超優良企業である。コロナ禍による半導体の不足で,TSMCは脚光を浴びたが,それ以前は実力は充分あるが,ブランドを持たないため日本ではあまり知られないことからも,“隠れたチャンピオン”であると言えよう。

 そのほかの「隠れたチャンピオン」には,スポーツバイクの巨大機械工業(ジャイアント),携帯電話カメラ用レンズ製造の大立光電(ラーガン・プレシジョン),産業用コンピューター製造の研華(アドバンテック),半導体封止企業の日月光(ASE),自転車チェーン製造の桂盟(KMC),水道蛇口の彰格(CK),潜水服の薛長興工業(SHEICO Group),コンテナ車の森鉅科技材料(Xxentria Technology Materials)のほか,ノースフェイス,パタゴニア,モンベル,モンクレールなどダウンジャケットOEMの世界第2位ダウン製品の廣越企業(QVE),H&M,GAP,GU,チャンピオン,ウォルマート(Walmart)などアパレルOEMの聚陽実業(Makalot)など多くの企業が存在している。

一方,ファウンドリー(半導体製造受託)では,高い付加価値(利益率)を誇る企業として,TSMC(51.3%),聯華電子(UMC,36.8%),力晶半導体(パワーチップ,46%),世界先進(VIS,45%),光学レンズ企業の大立光電(ラーガン・プレシジョン,59%),玉晶光電(GSEO,36%),ファブレス(半導体設計)の信驊科技(SPEED,65.5%),松翰科技(Sonix Technology,56.7%),矽力(Silergy Corp.,56.3%),祥碩科技(アスメディア,55.3%),工作機械の川湖科技(King Slide,54%),亜徳客(エアタック,49%),上銀科技(HIWIN,38%),全球伝動(TBI MOTION,28%)など多くが存在する。

 上記の企業のうち大企業に成長したものも多くあるが,中小企業の場合,規模が小さいために小回りが利き,経営戦略の柔軟性は韓国の財閥企業よりも高く,調整の効果も発揮しやすい。ブランディングを追求しても韓国の資本力には負けるため,R&Dにより技術と品質を向上させる方策を採用し,市場を獲得し続けている。台湾には大きなブランド力を持つ家電や自動車産業は存在しないが,「隠れたチャンピオン」たちは独創的な製品・部品を開発し,実力によって国際貿易の一角を勝ち取った。2015年以降,台湾の付加価値は次第に韓国のそれに接近し,OEM・ODMなどの製品・部品でより優れた利潤を獲得し,より高い付加価値を得ている。

 エイサーの創業者施振榮(スタン・シー)が考案した「スマイルカーブ仮説」によると,逆U字型カーブの左側は部品,ソフト類が集中し,右側はブランド,流通が含まれる。真ん中の凹んだ場所は製造領域である。真ん中のOEM(委託製造)の場合,粗利益率(毛率)が「毛三到四」(3~4%)しか稼げないと台湾では言われていた。アップルのスマートフォンなどの製造を請負う世界最大のEMS(電子製造サービス)である鴻海は,真ん中のOEMから左側の部品を自社製造に取り込み,そして右側のメンテナンスの部分も請負,付加価値の向上を図るようになった。鴻海はOEMからODM(委託設計と製造)へ,部品の高付加価値に向かって,大量のアップルのiPhoneやパソコンを受託できる「隠れたチャンピオン」に生まれ変わった。のちに鴻海はシャープや東芝のパソコン部門を買収したことで,日本でも著名な企業となった。

 一方中国では,2000年以降,政府が重化学工業の鉄鋼産業,造船産業,自動車産業,家電産業に対して補助金の提供など手厚い保護政策をとったことから,これらの産業が急速に発展するようになった。海爾(ハイアール)は洗濯機,冷蔵庫で頭角を現し,三洋電機などを買収し,企業のノウハウを吸収するようになった。近年,液晶パネルや太陽光発電,EV(電気自動車)向け電池などが急速に発展し,日本や韓国の関連産業が打撃を受けるようになった。

 スマートフォンは付加価値が非常に高く,1台のスマートフォンの販売価格はコストの2~3倍にのぼる。このため,サムスン電子は国際貿易を通じて多くの外貨を稼ぎ出すことができた。しかし近年,韓国製品の中国市場でのブランド力が色褪せ,次第に中国の新興ブランドにとって替わられるようになった。2013年,サムスンのスマートフォンの市場シェアは20%以上を占め,トップの座を誇ったが,近年では1%台にまでに減少。代わりに,中国ブランドの小米,華為,OPPO,Vivoがシェアを伸ばした。また,中国EV(電気自動車)企業の上海蔚来汽車(NIO),小鵬汽車(Xpeng),理想汽車(Li Auto),比亜迪汽車(BYD)が頭角を現し,日韓の自動車産業の脅威となっている。

 韓国の財閥企業は,技術進歩が緩やかになり,柔軟性を失った「大企業病」に罹るようになった。「大企業病」とは,組織そのものや組織に属する従業員に起こりうるネガティブな意識や硬直的な業務態度のことを指す。「韓国の成功は財閥によるもので,失敗も財閥によるもの」である。

 過去,韓国の財閥は豊富な資金力で台湾の液晶パネル,DRAMに打撃を与え,現在では,中国企業が政府からの豊富な補助金と安い人件費により,韓国の財閥企業に打撃を与えるようになった。当然,中国が頭角を現すと,台湾と韓国のさまざまな産業に衝撃を与える。一方,韓国から中国向けの輸出額は2013年から停滞を迎え,コロナ禍の2022年6月から対中貿易は黒字から赤字に転落した。前述のとおり韓国では,財閥系企業が大量資金を投入し規模の経済を追求するパターンで強みを発揮してきたが,中国企業も政府の支援などを得て,韓国の財閥企業の同様な資金力を動員していることから,韓国企業が受けるダメージは大きくなっている。

 近年,韓国の対中輸出額が次第に停滞し,逆に台湾の対中輸出額(主に半導体)が持続的に増加している。それは台湾企業が逆境で,R&Dを通じて「隠れたチャンピオン」により,世界の需要に応える不可欠な存在となったためだ。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2885.html)

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