世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
理系大学大学院,高度先端教育の改善と改革提言
(東北大学大学院生命科学研究科 准教授)
2023.03.13
日本のGDPは2023年にはドイツに抜かれ第4位になるとの予想だ。日本の研究力低下が言われるようになって久しいが,人材を育てる「教育力」も研究力と並行するように,いやむしろ,教育力の方がより深刻に低下して,日本のGDP停滞につながっていると思われる。教育の質を上げることは日本の生命線と言って過言ではない。本稿では,筆者が感ずる大学,主に理系大学院における教育に関する問題・課題を4点挙げ,改善方策を提案する。
1.競争主義に変わる研究活性化の方策の導入
研究における競争主義が教育へ悪影響を与えている。大学には研究面での成果が期待されており,研究を活性化する手段として競争主義が採用されている。競争主義のもと,任期付教員にとって特に重要なのは,次のポスト獲得であり,研究成果を挙げ,獲得研究資金額を増やすことである。人事公募書類などで良い教育をおこなったかは問われないこともあり,特に任期付教員にとっては自身の研究成果に結びつかない教育をしない(戦力にならない学生の面倒を見ない)ことが行動選択として十分にありうる。このように,日本の研究を活性化すると期待された競争主義は,残念ながら教育を犠牲にしてしまっている。競争主義は研究活性化のための手段にすぎない。別の研究活性化手段,例えば研究環境整備による意欲向上などの導入を真剣に検討すべきである。
2.大学内の利害非共有促進
競争主義,予算の選択と集中,研究者が機器購入予算を配分される制度,成果主義とは言えない研究費配分制度や職務規定の変更などの各種制度政策など(詳細は拙著『日本の研究力低迷問題の原因と解決方法』をご覧いただきたい)は研究室の小型化を推し進め,PI一人が研究室を切り盛りするいわゆるワンオペ研究室が増加している。小型化した研究室では研究室内の業務分担ができなくなって教員が雑務に追われる時間が増加し,教育に十分な労力を割くことができなくなってきている。組織内の連携が強まるように組織内の人材間の利害共有促進を目標に掲げるべきである。
3.大学院・大学教育の効果の明文化
人材には,大学の研究室に所属し研究に携わることで,専門知識や専門技能はもちろんこれらを超える「科学的素養」が身につくことが期待される。「科学的素養」は生産性向上に直接関わるものであり,卒業後に学んだ専門分野とは異なる分野に進んだとしても,生涯にわたって生産性が向上する効果が見込まれる。ところが,大学での教育は研究室単位で実施されているが,大学はお互いに独立した研究室の集合体の様相を呈しており,大学組織内に教育ノウハウが蓄積されていない。例えばPIになった教員が,学生の教育方法を手探りで探し始めるような望ましくない状態が,「科学的素養」の習得の場として十分に機能しない状況にある。
「科学的素養」としては例えば「権威主義の否定」が挙げられるが,このような素養は研究を続けていると自然と身につくものである。このような素養について整理・明文化し,大学を,これら素養を実践・経験によって身につける場として大学を再定義し,教育の質の向上を図ることが重要である。
4.学位取得要件の適正化
博士の学位取得要件として国際誌への掲載論文数報を求める大学が多いようである。論文数要件を課すことは,学生の能力や成果の質を大学自ら評価できないことを告白しているようなものであるが,現在,博士の学位はどれほど信頼できる状況であろうか? 筆者が実施したTwitterアンケート「明らかに実力が伴わないのに,教授が論文(ジャーナル掲載論文)を書くなどして学位が与えられてしまうことは身の回りにありますか?」に対して,29%が全くない,35%がたまにある,23%が頻繁にある,14%は基本的にそうである,であった(n=193)。現在,組織内の利害非共有や競争主義の結果として,研究室間の繋がりが弱くなったことなどにより学位を授与するかどうかを指導教員一人が実質的に判断してしまう状況になっている。このような状況では,学位を与えない判断を下すのが難しく,不出来な学生ほど掲載論文数規定を無理にでもクリアさせて卒業させることにつながっていると思われる。学位への信頼低下は,教育への信頼低下を招き中長期的には,我が国の教育の質の低下を招く。学位審査の適正化には,組織内の利害共有を促進することで大学内部の連携を回復させること,上記「科学的素養」の修得を図るための審査項目を設けることが有効と考える。
終わりに
上記以外では,自主的によく考えることができないいわゆる「指示待ち」タイプの学生増加問題がある。特に,現象を解釈する能力,思考力と直結する記述力・論述力の改善につがなるよう初等中等教育の見直し必要であると思われる。教育は国家の要である。以上の内容を踏まえ,あらゆる観点から「教育」のあり方を見直す時期に来ているのではないか。
関連記事
大坪嘉行
-
[No.3503 2024.07.29 ]
最新のコラム
-
New! [No.3647 2024.12.02 ]
-
New! [No.3646 2024.12.02 ]
-
New! [No.3645 2024.12.02 ]
-
New! [No.3644 2024.12.02 ]
-
New! [No.3643 2024.12.02 ]