世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3503
世界経済評論IMPACT No.3503

科学的素養を軸とする大学教育改革の提案:科学的素養による教育イノベーション

大坪嘉行

(東北大学大学院生命科学研究科 准教授)

2024.07.29

 大学の教育力,社会に優れた人材を送り出す機能を強化することが,今後の日本の国力を維持・強化する上で極めて重要である。「そんなことができれば苦労はしない」という声が聞こえてきそうだが,方策はある。本稿では以下のように,まず現在の大学の問題を議論し,続けて解決策を提案する。

 現在の大学は,さまざまな能力・スキルを身につける場と位置付けられている。実際,各大学が公開しているディプロマポリシーには,おおよそ「能力・スキル」に関する項目が並んでいる。例えば洞察力,実践力,指導力,知を創造し,発展・継承する能力,独創的な研究を着想・遂行する能力などである。これは,ディプロマポリシーが「どのような力を身につけたものに学位を授与するかについての方針」と定められているためである。

 これらの能力が身につくことは望ましいが,教育目標としては残念な点がある。第一に,これらの能力がどのような能力であるか,定義的な説明はできても,説明によってこれらの能力が伸びるわけではなく,また,どのようにこれら能力を伸ばせば良いのかはっきりしない。第二に,これら能力が身についたかどうかを客観的に測る方法がないことである。つまり,掲げられた能力やスキルについて,その修得状況を客観的に知ることが難しく,学ぶ動機に繋がりにくい点や学位の質保証の点で問題がある。

 翻って,大学教育で養われることが期待されるものの中には,必ずしも「能力」に分類されないものがある。例えば,「命題が正しいかどうかを判断する際に権威を持ち出さないこと」(権威主義の否定)や,「研究において進歩が重要であることを理解し,この理解に基づいた発表ができること」「議論の作法を守れること」などは,科学的探求に関わる人材が身につけているべき科学的素養と呼ぶべきものであって,「能力」というカテゴリーには必ずしも収まらない。実際,明示的に科学的素養を盛り込んだディプロマポリシーを策定した大学は,筆者の知る限りない。

 科学的素養の詳細については書籍『大学で学べる科学的素養』を参照していただきたいが,これらの科学的素養は,(定義的な説明ではなく)その本質を明示的に説明することが可能であり,また,素養が身についているかどうかを客観的に測ることができる点で,「能力・スキル」とは一線を画し教育目標として優れている。また,科学的素養は,さまざまなトランスファーラブルスキルの基盤であることも重要である。例えば権威主義の否定は,安易に誰かの判断結果に飛びつくのをよしとしないことであり,必然的に思考力を鍛えるのにつながる素養である。

 科学的素養を修学目標とすることは,昨今求められている学位の質保証や大学教育の実質化の観点から,また,博士人材の質を高め企業での活躍を促進する上でも重要である。また研究不正の抑制が大きな課題になっているが,科学的素養の修得には研究意欲を高め,研究不正を抑制する効果も期待できる。さらには,「議論の作法」がアカデミア全体に定着すれば,若手研究者と中堅シニア研究者がより対等に議論できる環境が整い,若手研究者の活躍を促進できる。

 さて,解決策に移ろう。大学が,教育目標に「能力・スキル」を掲げるのに加え,能力獲得の基盤となる科学的素養を盛り込むのである。まずはディプロマポリシーに,科学的素養を修得した人材に学位を与えることを明記し,さらにカリキュラムポリシーにどのように科学的素養を修得させるかを明記することである(修得のための具体的方策案については上記書籍をご参照いただきたい)。

 このような変更は,現在のポリシー策定ガイドラインに従って可能であり,また大学評価の枠組みで評価されることが期待されるものである。ただし,何事も動きが遅い大学のことである。学術行政レベルで,ディプロマポリシー策定ガイドライン及び大学評価項目を改訂し,科学的素養に直接的に言及することによって,大学が科学的素養を教育に取り入れるように促すこと,科学的素養に着眼した教育向上の重要性について広く知られるようにすることが,迅速な教育力向上に重要であろう。是非,関係諸氏のご尽力をお願いしたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3503.html)

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