世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
バイデン政権の汚れた通商政策
(杏林大学 名誉教授)
2023.02.06
バイデン政権の通商政策が,自由貿易の例外とされる安全保障や環境・気候変動対策に名を借りた「偽装された保護主義」への傾倒でひどく汚れたものになりつつある。それは,鉄鋼・アルミニウムに対する追加関税をめぐる一連の動きに如実に表われている。バイデン政権はその汚れを払拭することなく,「中国抑止」の正当性を主張し続けるつもりなのか。WTOの機能不全がもたらす危険な企みを一体誰が止めるのか。
WTOが鉄鋼・アルミで米国に是正勧告
まず,安全保障による偽装では,世界貿易機関(WTO)の紛争処理小委員会(パネル)が2022年12月,米国が鉄鋼とアルミに発動した追加関税について,WTO協定違反だとして米国に是正を勧告した。
米国のトランプ前政権が18年3月に安全保障上の脅威を理由に,米通商拡大法232条(国防条項)に基づき鉄鋼に25%,アルミニウムに10%の追加関税を発動すると,多くの国がWTOに提訴した。今回のパネルでは中国,ノルウェー,スイス,トルコの訴えが認められた。
一方,米国は,関税及び貿易に関する一般協定(GATT)の第21条(安全保障上の例外)措置に当たり,正当化されると主張していた。パネルの勧告を受け,米通商代表部(USTR)は,「誤った解釈と結論を拒絶する。関税を撤廃するつもりはない」との声明を出した。米国の鉄鋼業界や労働組合もパネルの勧告を批判しており,バイデン政権は是正勧告に従わず,控訴に踏み切った。
WTOの紛争処理手続きは,パネルの判断に不服があれば,二審に当たる上級委員会に控訴できる。しかし,現在,上級委は米国が委員の任命を拒否しているため,審理が停止し機能不全に陥っており,WTOでの解決は難しい。
23年1月に開かれたWTO会合では,米中が激しい非難合戦を繰り広げた。中国が米国の控訴を受け,一方的ないじめっ子で,ルールを破り,サプライチェーンを混乱させていると米国を非難すれば,米国も中国との鉄鋼・アルミ関税をめぐる紛争が会合の議題になったことさえ遺憾だとし,中国の違法で一方的な報復措置を糾弾した。
なお,米国は当初,日本やEUなども追加関税の対象にしていたが,バイデン政権に移ってから見直され,日本やEUなどに対する追加関税は一部撤廃されている。
鉄鋼・アルミ関税の完全解決を拒むバイデン政権
日本は頼りにならないWTOの場ではなく,日米の二国間協議によって問題の解決を図ろうとした。2021年11月,日米両政府は日本の鉄鋼とアルミにかけている追加関税の見直しに向けて協議を始めることで合意した。バイデン政権が協議開始に舵を切ったのは,中国の動きに危機感を強め,同盟国との関係を修復し中国に対抗するためだ。
トランプ前政権は,中国だけでなく日本や欧州連合(EU)を含む同盟国などから輸入される鉄鋼とアルミにも関税をかけた。だが,敵味方見境なく鉄砲を撃つように,同盟国の日本に対して安全保障を理由に関税をかけるのは,明らかに筋違いである。
米国はTPP離脱後,日本と二国間の貿易協定を20年1月に発効させたが,鉄鋼とアルミの関税は撤廃されず,バイデン政権の発足後も維持されてきた。支持基盤である労働組合が関税撤廃に強く反対したからだ。だが,米国の身勝手を許せば,中国が米国に倣って中国版232条を成立させ,安全保障を保護主義の隠れ蓑にするような事態も絵空事でなくなる。
EUは21年10月に,一定数量まで関税を課さないとする関税割当の導入に基づいて,追加関税の一部撤廃で米国と合意した。米国は日本についても同様の決着を求めた。しかし,日本は関税割当の導入で米国と政治的な妥協をすることをよしとせず,追加関税の安全解決を目指した。
しかし,結局,日米両政府は22年2月,鉄鋼製品の一部について,25%の追加関税を関税割当方式(TRQ)に置き換えて,一定の割当量(年間125万トン)までの鉄鋼製品の日本からの輸入に対して関税を免除することで合意した。ただし,アルミについてはこの合意に含まれていない。
萩生田産業相(当時)は,「232条関税はWTOルールに不整合となり得ると考えており,鉄鋼・アルミ関税について,WTOルールに整合的な形での完全解決を求めている。今般の米国の対応は,こうした解決に向けた第一歩であり,米国に対して引き続き完全解決を求めていく」と,無念さが滲む談話を発表した。
鉄鋼・アルミ生産の脱炭素化に向けた新たな枠組み
「偽装された保護主義」は安全保障にとどまらず,気候変動対策にも拡がろうとしている。USTRのタイ代表が2022年12月,米シンクタンクで講演し,鉄鋼・アルミ生産の脱炭素化に向けた新たな国際的枠組みの構築を検討すると表明した。
米国とEUは21年10月,鉄鋼やアルミの製造工程で発生するCO2を減らすために協力することで一致している。USTRは新たな枠組みについて,23年中にEUとの議論を加速させる方針だ。
EUは22年12月,国境炭素調整措置(CBAM),いわゆる国境炭素税の導入に合意した。CBAMは環境規制の緩い国からの輸入品に課税するもので,EU企業がCO2の排出コストを一方的に負担し,域外国企業との不公正な競争に晒されることを防ぐのが目的だ。排出量の多い鉄鋼,セメント,アルミ,肥料,電力,水素を課税対象としている。
EUのCBAMはUSTRが目指す仕組みと似ており,議論の叩き台となる可能性がある。しかし,CBAMはWTOのルールに抵触するとの見方も根強い。米国とEUは「偽装された保護主義」で共同歩調をとるのか。赤信号でも一緒に渡れば怖くないということか。新たな枠組みに参加する国には,鉄鋼・アルミ生産で生じるCO2排出量で一定基準を満たすことを義務付け,中国などCO2排出量の多い国には高関税をかけるとみられる。
中国が鉄鋼・アルミ生産に関する気候変動対策を講じてCO2排出基準を満たすのは至難の業である。米国が提案する新たな国際枠組みに参加できる可能性は低く,中国がこの枠組みに反発するのは必至で,米中対立の新たな火種となりそうである。
ペロシ米下院議長(当時)が22年8月に台湾を訪問したことに中国が反発し,その報復措置として,気候変動対策に関する米中協議を打ち切った。その後11月にインドネシアのバリ島で米中首脳会談が行われ,何とか気候変動対策に関する対話を再開することになったが,それも元の黙阿弥になるかもしれない。米中が歩み寄れる余地がある気候変動対策でも亀裂が生じる恐れが出てきた。
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馬田啓一
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