世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「アベノミクス」を支える国家破産推奨経済学(亡国経済学)
(高知大学 名誉教授)
2022.12.05
ヘリコプター・マネー論,現代貨幣理論(MMT)の大嘘
わたしたちが日常使っているお札(日銀券)などの紙券貨幣は,金銀などの金属貨幣のようにそれ自体に価値をもたないので,なんらかの信用(保証・担保)を必要とする。1万円などと表示した紙切れそのものが,その表示だけで突然に価値ある貨幣に変身するわけではないのである。たとえば手形・小切手,公債などの紙券は,約束期日に支払いしますとの約束(保証)があって,そこに書かれた額面表示の金額のものとして通用する。この約束が実行されなくなれば,いくら高額な手形・小切手であっても,単なる紙くずになってしまう。このような当り前のことは,中学生でもわかる。紙券貨幣はすべてこのような信用(保証・担保)で成立しているのである。ところが国家破産推奨経済学(亡国経済学)を唱える大学教授や研究者は,意図的かもしれないが,この当然のことを忘れているのである。
中央銀行は,手形や小切手あるいは公債などと交換に不換銀行券(日銀券・お札)を発行するが,貸借対照表(バランスシート)に,担保としてとった手形や小切手,公債を資産側に,不換銀行券を負債側に計上する。手形や小切手,公債は紙券なので,その支払い(返済)に支障があるとなると,それはその額面金額として扱われず減価していく。不換銀行券の担保である資産が減価すれば,不換銀行券もその信用を失って減価する。減価した不換銀行券は額面金額では通用せず,支払い時により多くの不換銀行券が必要となる。こうして財貨の支払いに多くの不換銀行券が必要になって物価は騰貴し,外貨の支払いにも多くの不換銀行券が必要になり,外貨は騰貴し円安となる。これが貨幣減価要因によるインフレーションであり,紙くずほどに信用を失えば,ハイパー・インフレーションとなる。
「ヘリコプター・マネー理論」とは,返済期間が任意で無利子の永久公債を政府が発行し,これを中央銀行が買い上げて不換銀行券を政府に供給し,政府がこれをヘリコプターからばらまくかのように市中に現金を供給すれば,景気はすぐに回復するという理論である。すぐに返済しなくてよく無利子なら政府の財政負担もないし,すべて事がうまくいくように感じる。しかし無利子で返済期限のない永久公債の資産価値はきわめて低く,このような不良資産を担保にして発行した不換銀行券の信用度は低下し減価する。大量の永久公債を買い上げていって,紙くずほどに減価すれば,ハイパー・インフレーションとなる。
この理論は元は貨幣数量説論者(マネタリスト)のM. フリードマンが提唱したものであるが,2016年12日にこの理論の現代の提唱者のB. バーナンキが日本に招へいされ,安倍晋三氏が会談した。全国紙もヘリコプター・マネー論について特集記事を組んで報道した。政府・日銀がこの政策を採用するのではないかと慌てたのである。しかしこれによる財政金融の悪化を予測して,円安が起こった。外国為替市場は,よくわかっているのである。
「現代貨幣理論(MMT)」は,政府が公債をどんどん発行し,中央銀行がそれをどんどん買い上げて政府向けに不換銀行券を無制限に供給しても,公債が自国通貨建てである限り自国で貨幣を作り出せるので,財政破産に陥る心配はまったくないという理論である。なぜなら不換銀行券は中央銀行の負債であり,その担保となる資産側の公債は,究極的に政府の「徴税権力」に依拠しているからだという。しかしここで中学生でもわかる疑問がわく。徴税権力をもっている政府が,なぜ公債発行(借金)するのだろうか? 徴税権力が衰えたので(増税できないので),公債発行(借金)に頼ったのではないだろうか。これらの理論は,徴税権力はいつでも堅固であるとの虚偽の土台の上に成立しているのである。
安倍政権の内閣補佐官だった京都大学の藤井聡教授は,この理論の提唱者のS. ケルトン教授を招いて,2019年16日に国際シンポジウムを開催した。そこにおいて,「徴税権力があるから,社会的弱者の救済にいくら公債発行しても財政破産は起こらないのに,それをしない財政規律論者は偽善者・不道徳者だ」と罵倒した。しかし財政破産が起きればその最初の犠牲者は社会的弱者なのである。その後,安倍晋三氏も,「自国通貨建て公債なら財政破産はあり得ない」と述べて,自分のまいた放任財政の弁解にこの理論を使った。
(詳しくは,紀国正典「アベノミクス国家破産(1)―貨幣破産・財政破産―」高知大学経済学会『高知論叢』第122号,2022年3月参照。この論文は,金融の公共性研究所サイト「国家破産とインフレーション」ページからダウンロードできる)。
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