世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ドイツではインフレによって労働者は収奪された:アベノミクスのリフレ論(インフレ景気論)の大嘘
(高知大学 名誉教授)
2025.02.03
アベノミクスの「リフレ論」は,2%の物価騰貴を起こせば,景気を浮揚させて,デフレから脱却でき,国民生活を豊かにできると主張する「インフレ景気論」であった。
しかし,2%も物価が騰貴するということは,実質収入率そして実質賃金率が,2%下落するということである。つまりそれだけ労働者そして国民は貧しくなり,生活は苦しくなるはずである。だからこれは大嘘だったのである。マスコミを利用して,これを巧みに演出した安倍晋三という政治家の大マジックショーに国民はダマされたのである。
第1次世界大戦後のドイツのハイパー・インフレでは,物価は1兆倍にまで騰貴していった。つまり単純に考えれば,労働者の実質賃金は1兆分の1にまで減ってしまったのである。ではその減ったところのばく大な富は,どこへいってしまったのだろうか?
労働者は,これまで契約していた名目賃金をもらい,これまで通りに働いていたので,労働者が新たに産出した富(商品,財貨,サービス)は,現実に生み出されたものである。だからこの分は,消えてしまったのではなく,見えないところで,誰かのふところに入ったのである。不公平で見えない収奪の,インフレによる富の再分配が発生したのだった。
第1にそれは,産業資本家を大儲けさせ,彼らの投資貯蓄の資金源になったのである。
資本家は、インフレによって製品価格を高く販売できて収入は増加するが,他方で労働者に支払う名目賃金がこれまで通りなので,この差額が資本家の収益となったのである。
古典派経済学者のD.リカードは,インフレはすべての名目価格を一率に上昇させるので,実質的には何の変化ももたらさないという説(貨幣中立説)を唱えた。しかし物価が上がっても労働者の名目賃金がこれと同時に上がることがないのが,現実の法則なのである。ドイツのハイパー・インフレを研究したイタリアの経済学者のチュローニ氏は,この法則によって資本家にもたらされる利益を,「収奪貯蓄(forced saving)」と定義した。J.M.ケインズは,労働者は名目賃金の引き下げには敏感に反対するが,インフレによる実質賃金の切り下げには鈍感である現象を「貨幣錯覚」と定義した。見えないところでの収奪だからである。労働者は,実質賃金を維持するためのものであっても,名目賃金を引き上げるための面倒な交渉やストライキに労力を費やすしかなかったのである。
第2にそれは,産業資本家が製品を海外へ輸出する際に,世界市場価格より安く値引きできるダンピング輸出(不当廉価輸出)の資金源になり,資本家を大儲けさせたのである。
自国貨幣が減価することによって発生したインフレが進めば,外国為替相場で自国貨幣安(マルク安,円安など)と外貨高(ドル高など)が発生するが,そうなれば輸出業者はより多くの外貨を入手でき,それをより多くの自国貨幣と交換できるので,為替差益を獲得できる。これを輸出財貨の値引きに回せば,ダンピング輸出が可能になるのである。
しかしこの為替差益は,国内でまだ名目賃金が上がっていないから入手できた利益であって,もし労働者が実質賃金維持のための名目賃金引上げを実現できれば,そちらに回されて,消え失せてしまうものなのである。つまりダンピング資金源は,労働者の実質賃金が引き下げられて,生み出されたものだった。だからインフレ・ダンピングとは,見えないところでの,労働者からの「収奪輸出」だったということになる。
1913年を100とした実質賃金の主要国別比較データによれば,1922年から1924年にかけてのドイツのインフレ期に,ドイツの実質賃金は軒並み主要国に比べて大きく低いが,とりわけ1922年では,ドイツの指数が65ポイントであるのに対し,イギリス96ポイント,スウェーデン112ポイント,デンマーク118ポイント,アメリカ126ポイントであった。この実質賃金の低さが資本家の大儲けを支えたのである。アベノミクスに賛同した日本の資本家がなぜインフレを歓迎するのか,その理由も納得していただけたであろう。
(詳しくは,紀国正典「第1次世界大戦ドイツのハイパー・インフレーション(2)―インフレーションがもたらした経済的・社会的な作用と結果の検証―」(プレ・プリント論文ダウンロードのご案内),2023年8月,金融の公共性研究所サイト:紀国セルフ・アーカイブ「公共性研究」ページ:Jxivリンクからダウンロードできる(当時のドイツの暮らしの実写画像を添付)。
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