世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ドイツでは一過性のインフレ・バブルを発生させた:アベノミクスのリフレ論(インフレ景気論)の大嘘
(高知大学 名誉教授)
2024.12.09
アベノミクスの「リフレ論」は,2%の物価騰貴を起こせば,景気を浮揚させて,デフレから脱却でき,国民生活を豊かにできると主張する「インフレ景気論」であった。
しかし,これは本当のことだろうか? 実際に,第1次世界大戦後のハイパー・インフレに苦しんだドイツの実状に照らして検証してみると,これは大嘘だったのである。
確かにドイツでは,1920年から1922年にかけて,インフレーションが拡大すると同時に,新規注文が激増して需要が増加し,あらゆる産業が活況を呈し,輸出も拡大して,好景気にわいた。失業率も1922年8月には0.7%と減少し,事実上なくなった。
だがこの需要増加は,実需ではなかった。つまり賃金上昇によって実質消費が拡大して生まれたものではないのである。実質賃金の上昇が実質消費需要を拡大させ,これによって実質生産投資が拡大するという,消費と生産の好循環ではなかったのである。
なぜならそれは,見せかけの表面的な需要だったからである。物価が全般的に騰貴してゆき,これからもそうなると予測されれば(インフレ心理が高まれば),消費者はそして生産者は,そして誰もが,値上がりする前に買い溜めしておこうとか,買い占めしておこうという行動が始まる。現金(マルク銀行券)を受け取ると,それが減価する前に,現物の食糧,衣服,価値の安定している外貨などに急いで換えようとするのである。
ドイツではマルク減価が進むと,生産者は原材料がなくなるのではと,慌てて買い占めに走り,在庫を増やしたのである。これらの買い占めによって市場から一時的に商品が消えたほどであった。これらの行動によって,消費者はそして生産者も,多くの在庫をかかえてしまうことになり,膨大な一時的強制在庫を増大させてしまった。
また資本家たちも,利益や儲けをマルク銀行券でもっておくと,減価して目減りしていくので,インフレ・ヘッジ(損失回避)としてそれを,機械,設備,土地,工場拡張などに積極的に投資した。農民たちまでも必要もないのに,多くの農作業機械を購入した。それを使うこともないが,収入をマルク銀行券のままで持っておくと損するからである。
しかしこれらのインフレが強要した購入や在庫は,通常なら将来に生じるであろう需要が,前倒しに一時的に拡大しただけのことであり,長続きはしないのである。一定期間後にはその反動として,生産や消費の減退や停止が確実に訪れる。在庫をかかえていては,誰も,それ以上を買おうとしないのである。つまり一過性のインフレ・バブルが発生しただけのことであった。
このため早くも1923年になると,失業率は急増し,12月には28.2%にもなり,実に3人に1人が失業するという経済恐慌を招いてしまったのである。
これに加えて,次のようなインフレ・バブル特有の弊害も強まった。
第1に,物価が上がれば商品を売買するだけで利益が出るので,非生産的企業が増加した。第2に,株式や外貨投機が盛んになり,この手数料で稼げる弱小銀行が増加した。第3に,商品,証券,株,外国為替などへの投機活動が病的に増大した。第4に,外国貨幣とマルク銀行券との間での換算などが必要になり,企業内部での非生産的な事務労働が増加した。第5に、労働者の体力と精神力が弱ってしまったが,これは貨幣減価が将来に対する不安を高め,意気は沈滞し労働意欲も減退したからである。第6に,社会的にみれば生産的でない企業でもインフレ利益によって営業でき,不良企業淘汰作用が弱まった。第7に,インフレにより賃金コストが低下していくので,企業家たちは製品の品質改良や価格引き下げなどの生産能率を増進させる刺激を失ってしまい,ドイツの機械は時代遅れの低能率のものになってしまった。またインフレによって合理的な生産計画を立てるのも難しくなり,企業家はますます商品や株式,外国為替の投機に熱中するようになったのである。
(詳しくは,紀国正典「第1次世界大戦ドイツのハイパー・インフレーション(2)―インフレーションがもたらした経済的・社会的な作用と結果の検証―」(プレ・プリント論文),2023年8月,金融の公共性研究所サイト:紀国セルフ・アーカイブ「公共性研究」ページからダウンロードできる。当時のドイツの暮らしの実写画像を添付)。
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